教員公募への応募履歴

 半年ほど以前、実務家の方が大学の教員公募へ応募しているものの結果を出せないで困っているという記事を見かけた。実務家に限らず、求職中の研究者にとって公募に関する情報は気になるところであろう。なにかの参考になるかもしれないので、私がこれまでに経験した公募への応募状況を書き留めておく。なお、紹介する数字に対する感想は学問分野によって大きく異なると思われる。あくまでも高等教育論関連の私的な経験であることを申し添えておく。


任期なし教員、任期付き教員の公募への応募:2007年度~2013年度

  • 面接選考に呼ばれて、採用に至った 国公立2回、私立1回
  • 面接選考に呼ばれて、採用の連絡を貰うものの辞退した 国公立1回
  • 面接選考に呼ばれたものの、不採用だった 国公立3回、私立2回
  • 書類選考で落ちた 国公立6回、私立13回、公的研究機関2回



任期なし教員、任期付き教員の公募への応募:2014年度~2021年度

  • 面接選考に呼ばれて、採用に至った 国公立2回
  • 面接選考に呼ばれて、採用の連絡を貰うものの辞退した 国公立1回
  • 面接選考に呼ばれたものの、不採用だった 国公立1回、私立2回
  • 書類選考で落ちた 国公立15回、私立11回、公的研究機関1回
  • 現時点で採否の連絡がない(不採用だろう) 私立1回



非常勤講師の公募への応募:2007年度~2021年度

  • 書類選考で落ちた 国公立1回、私立1回

 合計で66回挑戦しているようである。なお、採用に至ったのはいずれも任期付きの公募である。辞退した2回については、1回は先方と当方との間で雇用条件の認識に大きな隔たり(公募情報には常勤とされていたものの、実際には非常勤であり収入を埋め合わせるため他機関で非常勤を兼務することを強く勧められた)があったためであり、もう1回は他の採用通知と重なったためである。
 応募の際に困り続けてきたことが2つある。まず、よく指摘されることだけれども応募書類についてである。履歴書、教育研究業績書などについてその大学独自の書式や、文科省指定様式(教員個人調書、教育研究業績書)を改良(?)した様式を使うことが求められることがある。とりわけ、「ネ申Excel」と呼ばれる印刷した際の見栄えがよくなるようなエクセル書式に困惑してきた。たとえば、結合されたセル1マス1マスに対して、著者名、論文タイトル、雑誌名、発行年、ページ数、400字要約などを埋めていかなければならない。この作業だけで1日かかってしまう。また、特に私立では「志望動機」を書くことが要請されることもあり、大学ウェブサイトや大学関連情報サイトを調べつくしてどうにかその文章を捻りだすことになる。ウェブを活用した応募、書式自由の応募、求人側がリサーチマップを参照することが一般的になるとよい。次に、面接についてである。面接担当者が知人であったことは何度かあり、そのたびにモジモジしてしまうのは仕方がない。より厳しいのは同じ面接を受けに来た知人と面接会場のある部屋の廊下や待機場所ですれ違うことである。あの気まずさ、表現のしようがない。求職者にとっては何らかの配慮があると助かるだろう。

科研費採択動向2021年(小区分:高等教育学関連)

 久しぶりに「高等教育学関連」の科研費採択動向を考えるためのデータを整理してみる。今回は2021年に採択された研究を対象として独断で大まかな区分をしてみる(区分が不適切であれば関係の方からご連絡ください。修正いたします)なお、テクノロジーを研究対象とするものは「教育工学」で、階層・ジェンダー・地域・移行は「教育社会学」で申請されることも多いため、それらは比較的少ないという傾向がある。大学経営・組織に関するテーマ、教育内容・教育方法に関するテーマが依然として増え続けているだろうか。

kaken.nii.ac.jp
 「詳細検索」を選んで、「審査区分/研究分野」を高等教育学関連、「研究期間(年度)」の開始を2021年度とする。

研究種目【若手】
研究課題名 キーワード

大学経営・組織
「日本の宗教系大学における宗教文化の組織への組み込みと普及に関する組織社会学的研究」 宗教系大学 / 組織社会学 / 宗教文化
「大学の外部ステークホルダー・マネジメントに関する研究:日本と中華圏四地域の比較」 台湾 / 高等教育 / 中華圏 / ステークホルダー / IR
「大学の財務基盤を支える金融サービスに関する基礎的研究」 高等教育財務
「大学事務職員は「高度」な業務をどのように遂行しているのか?」 大学職員 / 業務の高度化 / 業務遂行プロセス / 知識・スキル / 大学経営
教育内容・教育方法
「MCCに対応した数学教育のための共分散構造分析を用いた学習到達度試験の分析」 数学教育 / MCC / 共分散構造分析 / 学習到達度試験
「地域連携型教育による関係人口育成プロセスの実証研究 ー「協育学」の創設を目指して」 地域連携型教育 / 関係人口 / 協育学 / 参加のデザイン
「公共政策学地域づくりPBLモデルの開発と評価ーSOFARモデルを基盤としてー」 地域づくりPBL / 公共政策学教育 / SOFARモデル / シティズンシップ / 問題意識の涵養
「医療系大学生と地域高齢者とのオンラインと対面のハイブリッド型学外教育の効果検証」 オンライン / 地域支援 / 健康増進 / 体験学習型教育
「COVID-19禍の大学生の学習成果に与えるオンライン教育を通じた授業方法の研究」 COVID-19 / 大学生 / 学習成果 / オンライン教育 / 授業方法
比較教育
「客観的評価に基づく「内なる国際化」の教育効果に関する研究」 内なる国際化 / 教育の国際化 / 客観的評価 / BEVI / IDI
「A comparative study of the international perspectives on international research collaborations」 Research collaboration / International research / Collaborative research / Internationalization / International comparison
「Investigating Virtual Student Exchange Practices and Models: Challenges and Possibilities in Tertiary Education」 higher education / virtual student mobility / internationalization / digitalization / study abroad
「学習者エージェンシーの発揮を可能にする大学教育の実践と要件に関する国際比較」 学習者エージェンシー / 学生エンゲージメント / 教授・学習環境 / 国際カリキュラム
キャリア論・支援
「日本の高等教育機関を卒業した中国人高度人材の定着と移動」 高度外国人材 / 中国 / 留学生 / 移動 / 定着

研究種目【基盤研究(C)】
研究課題名 キーワード

大学経営・組織
「教学マネジメントのためのデータ活用に関する総合的研究」 教学マネジメント / データ活用 / Institutional Research
「大学経営における新たな価値創造へむけた経営IRのありかたの探索」 経営IR
「大学職員の内発性に基づく役割モデルの再構築に向けた国際比較研究」 大学職員 / 役割モデル / メンバーシップ型 / 大学教育改革 / 内発的改革
「わが国の大学教員に適用される年俸制の効果-業績連動報酬の目指すものー」 教員給与 / 大学教員 / 年俸制
「在学生の大学満足度向上の規定要因解明と大学満足度向上プログラムの開発」 大学満足度向上 / 不本意入学 / 顧客満足
「大学の経営改善に資する経営計画のあり方に関する研究」 経営計画 / 大学経営 / 中期計画 / IR / 経営改善
「大学教育センター等(CTL)の再創造のための日本版CTLアセスメント基準の策定」 ファカルティ・ディベロップメント / 大学教育センター / CTL
「本質的IR人材育成カリキュラム策定に関する研究」 Institutional Research / カリキュラム策定 / 高等教育
「大学の利益相反アドバイザー養成のためのカリキュラム及び教材に関する研究開発」 利益相反 / 大学 / 利益相反アドバイザー / 教材 / 産学連携
「大学における国際教育交流スタッフの専門性と職能開発に関する実証的比較研究」 国際教育交流 / 大学の国際化 / 事務職員 / 専門性 / キャリア形成
M&Aによる大学法人の改革の検証と戦略的活用」 M&A / 大学法人 / 大学改革 / 大学経営 / 連携統合
「組織文化の変容プロセスに注目した大学ガバナンス改革の再構築」 高等教育マネジメント
「ケースメソッドによる留学相談専門員の育成・訓練プログラム実施とその学術的評価」 留学支援 / アカデミックアドバイジング / 学修支援 / ケースメソッド / スタッフディベロップメント
「大学教育の変容についての実証的・俯瞰的分析」 大学教育 / 高等教育 / 大学教員 / 大学生
「大学の地域連携機能の強化・発展を促進する要因に関する研究」 高等教育 / 地域連携 / 大学
教育内容・教育方法
「正課授業のPBL薬学、医学、統計学的英知を集結させた、薬剤師育成のための薬学教育プログラムの構築」 工学教育 / 正課外活動
「薬学、医学、統計学的英知を集結させた、薬剤師育成のための薬学教育プログラムの構築」 薬学教育
「ICEルーブリックによる大学オンライン授業の形成的アセスメントシステムの実践開発」 ICEルーブリック / オンライン授業 / 形成的アセスメント / 高等教育 / 実践開発
「教育のデジタライゼーション時代における単位制度の新たな創造」 単位制度 / デジタライゼーション / 大学での学び / 新しい大学観
「Withコロナ時代に対応したグローカルサービスラーニングの開発と教育効果」 サービスラーニング / グローカル / SDGs / ESD / ウィズ・コロナ
発達障害の特性のある学生のための高専版実験実習支援プログラムの開発」 ユニバーサルデザイン / 発達障害 / 実験実習支援 / 空間モデル / プログラム開発
「対人援助職養成課程における【防災教育ミニマム・エッセンシャルズ】」 防災教育 / 高等教育 / 災害 / 専門職 / 教育 医療
「AR技術を用いた次世代型シミュレータの開発」 AR技術 / 次世代型シミュレーター / 医学教育 / 肺音聴診シミュレーター / 3次元コンピューターグラフックス画像
「国境を越えた「仮想反転授業」による留学前教育に関する実証研究」 留学前教育 / 仮想反転授業 / 国境を越えた
「初年次の要約文作成過程における学習方略の策定と気づきを促すルーブリック評価の開発」 初年次教育 / アカデミック・ライティング / 要約文 / ルーブリック / 自己評価
「日本の大学生に適した「権限によらないリーダーシップ」開発方法の研究」 リーダーシップ開発 / 大学生 / 高等教育
「卒前医学教育における修得主義的学習プログラムの開発とその評価検証」 卒前医学教育
「Internationalization of Curriculum in Higher Education in New Normal Japan: Strategy, Pedagogy and Practice」 internationalization / higher education / pedagogy / EMI / Japan
「多死社会を支える「終末期の話し合い」の卒前医学教育プログラム構築」 医療者教育 / End-of-Life discussion / 人生の最終段階における医療・ケア / 学習者中心の教育 / 倫理観・死生観
「論理的記述力を涵養するための教育方法確立に関する基礎研究」 哲学教育 / 国語教育 / フランス
「教員の保健・安全の資質・能力育成に関するデジタル学習教材の開発」 教員養成 / 保健・安全 / 教材開発
「教員養成課程のキャリア選択自己効力感の向上を目指したキャリア教育プログラムの開発」 キャリア教育 / 自己効力感 / 教員養成課程
養護教諭養成での学校看護技術におけるフィジカルアセスメント実践力育成モデルの樹立」 フィジカルアセスメント / 学校看護技術 / 養護教諭養成教育 / 養護教諭
比較教育
「大学における学習環境デザインおよび学習支援サービスに関する国際比較研究」 学習環境デザイン / 学習支援 / 国際比較 / ラーニングコモンズ
「外的困難と教育改革:心情と行動に着目した海外5大学のCOVID-19対応の検証」 適応力 / レジリエンス / COVID-19 / 大学教育 / 外的困難
「Study abroad and improved physician empathy in medical students」 study abroad / physician empathy / medical students
キャリア論・支援
「学生アスリートのためのデュアルキャリア形成支援と支援者支援のためのプログラム開発」
「初期キャリアのリーダーシップ発揮に繋がるオンライン下の効果的な大学での学びの研究」 リーダーシップ自己効力感 / トランジション / オンライン学習 / 組織社会化
「大学生の経験学習の成長リフレクションへの理論的・実践的研究:成長理論の総合を軸に」 大学生の学びと成長 / 成長理論 / 経験学習 / アイデンティティ形成
「企業就労への円滑な接続に向けたオンライン型の障害学生向け就労支援プログラム開発」
「在学中にライフイベントを経験する医学生に対する学業の継続支援に関する調査」 医学生のライフイベント / 学業の継続支援 / キャリア支援
「正課内外・キャンパス内外に拡張された大学教育の社会的レリバンスを探る探索的研究」 正課外 / 学生エンゲージメント / ラーニング・ブリッジング / 大学生成長理論 / 大学教育の社会的レリバンス
「新たな地域志向教育のための大学生の地元就職決定要因の定量的研究」 地域志向教育 / 大学生 / 地元就職
政策
高専教育は何故難しいのか?ー持続可能な高専教育のための当事者エスノグラフィー」 高専教育 / 早期専門教育 / 弱点 / 当事者エスノグラフィ研究 / 将来展望
「18歳人口減少期における大学の組織変化と地域での高等教育機関間の役割分担」 高等教育 / 人口動態 / 学部学科 / 産業構造 / 地域
政策評価分析による公立大学法人制度の評価の試み」 公立大学法人 / 政策評価 / 政策科学 / 公共政策学
「大学の学費の論理・構造に関する研究:歴史・日米比較・社会的合意水準」 大学の学生納付金・学費 / 授業料
「イギリスの学生はなぜ評価の一翼を担えるのか―内部質保証の核となる学生意見書」 高等教育 / 内部質保証 / 学生参画 / 国際比較研究 / イギリス
「大学の進学機会均等化対策の射程:カナダの大学のアウトリーチ・プログラムの分析から」 大学 / 進学機会 / アウトリーチ / 低所得 / 地域社会
「国際通用性を持つ日本版教育プログラム分類コード(J-CIP)の開発へ向けて」 教育プログラム分類コード / CIP / データ管理 / Institutional Research
入学試験
「英語の基礎学力を担保する総合試験の研究―大学入学者選抜改革を目的として」 総合問題 / 基礎学力の担保 / 学力の個人差の識別 / 総合選抜 / 英語力
「大学入試における日本語・英語運用能力の統合的な測定・評価法に関する基礎的研究」 言語運用能力 / 統合的測定・評価 / CEFR / 項目反応理論 / テスト等化
「教科科目型試験と能力評価型試験の構成概念的相互関係に関する実証的基礎研究」 大学入試 / 構成概念 / 妥当性 / 多変量解析
研究
「人文系分野等の特性に適合した文献成果の計量的分析基盤の構築」 研究成果分析 / 人文学 / 学術書 / 書誌情報 / 学術計量
「大学発インキュベーションと伝統産業の活性化ー大学のカタリスト機能の調査研究」 大学発インキュベーション / 伝統産業 / カタリスト / 地域ブランド / 地域資源
研究大学における学生の教育・研究活動の包括的分析」 大学運営 / 研究力分析
「農学分野における国際共同研究の課題と外国人留学生が果たす役割の実証的研究」 日露国際共同研究 / 農学分野 / 外国人留学生 / 国際科学技術活動 / 科学計量学

研究種目【基盤研究(B)】
研究課題名 キーワード

大学経営・組織
「高等教育における学修成果の可視化に関する国際共同研究」 高等教育の質保証 / 学修成果の可視化 / 持続可能な開発のための教育(ESD) / 学術教育交流プラットフォーム / 比較国際教育研究
「AIを活用した教学IRの自動化の実装と可能性の検証」 教学IR / AI(人工知能) / 自動化 / ダッシュボード / 教学マネジメント
「大学教授職の役割分化の実態と論点の整理:日豪の教育担当教員を事例に」 大学教授職の役割細分化 / オーストラリアの大学教授職 / 教育と研究 / アカデミックアイデンティティ / 大学組織
「学長リーダーシップのあり方に関する総合的研究」 学長 / 大学経営 / リーダーシップ / ガバナンス / アクションリサーチ
教育内容・教育方法
「視線計測手法を用いた熟達教師の「技」の可視化:教員養成での活用を目指して」 視線計測 / 教師 / 教員養成
「「主体性」評価支援を目的としたCAT方式による高校生向け標準メタ認知検査の開発」 メタ認知 / 主体性評価 / 調査書 / 標準検査 / コンピュータ適応型テスト
キャリア論・支援
「当事者参画による大学等でのLGBTQ学生支援に関する指標の開発と支援モデルの構築」 LGBTQ / セクシュアル・マイノリティ / 学生支援 / 高等教育機関 / 大学
政策
「コロナ時代の高等教育頭脳循環の国際比較研究‐新たなモデル構築に向けて」 コロナ時代 / グローバルコンピテンス / 頭脳循環 / 国際比較研究 / 大学生
「複合的なデータ・統計手法の利用に基づく高等教育の経済・社会的効果の計測の展開」 教育経済学 / 教育 / 賃金 / 健康 / 幸福
歴史
「1960-70年代の大学改革-大学紛争と大学改革の国際比較研究」 大学紛争 / 大学改革 / 1960年代 / 国際比較 / 社会運動

大学院での「学び直し」経験において共通しているもの

 本書は、大学院でリカレント教育を経験した社会人を15名を対象とした聞き取り調査のうち、6名の語りを選択して分析したものである。「現象学的な視点から、質的社会調査の生活史法を参照」(p.82)しているところにオリジナリティがあるのだろう。質的研究については、たとえば社会学はどこから来てどこへ行くのかが参照されていて、その代表性に関する「エビデンス」などの問題は未決着であるとしながらも個々人の持つ合理性への理解が進むことで研究として成立しうるということが示されている。半構造化法として行われた聞き取りでは、(1)学び直しの動機とそこに至る機会、(2)学び直しの感想と自己変容、(3)学び直し後の変化とキャリアへの影響、(4)学び直しの課題、などが尋ねられている。私は社会人を対象とした、とりわけ学習や労働に関心を持って行われる聞き取り調査においても、確かに生活史に近い内容になることがあるという印象を持っていて、だからこそ本書によって学部生の頃に家族社会学を通じて学んだ生活史調査の復習をしなければいけないことを気付かされたのである。
 本書では語りに対するコーディングという言葉は避けられているものの、ひとまとまりの言葉にされた語りのうち重要と認識されたものが第6章に書かれている。第1に「内発的な動機(?)による学び直し」である。内発的という言葉じたいが実は曖昧であるためか、いちおうクエスチョンマークが付けられている。日々の仕事を通じて、その仕事に関連する専門的な知識や技術を自ら得たいと思う経緯が描かれている。第2に「大変な状況での学ぶ喜び」である。いわゆる社会人大学院生は平日日中にフルタイムの仕事をしていたり、ケア労働に従事していたりして研究時間を思うようには確保できないことがある。もちろん、学部から他の仕事などを経験することなくすぐに進学した大学院生であっても同様に大変な生活を送っていることもあるだろう。私はそうした「ストレート」の院生との違いは、おそらくキャリアの不安定化のリスクにあると想定している。安定した職業生活が揺さぶられるからこそ、大変な状況に対する意味付けが強くなるのかもしれない。第3に「院生どうしのつながり」である。私が興味を持った語りの一つが、つながりの中で「脳が耕される」(p.177)というものである。即時的、経済的な価値とは異なる意味での未来の展望を得られるという意味に解釈できるだろうか。第4に「「モノの見方」の変化」である。社会人対象のリカレント教育では、「現場」経験の相対化について言及されることがある。ここでも同様に、大学院で研究する以前とは違う視座を得られたことが示されているのである。
 こうした6名に共通するような重要な語りが紹介されいるのであるが、実はこの6名の仕事、研究分野はそれぞれ異なっている。内訳は、介護老人保健施設社会福祉の大学院、役所→社会福祉の大学院、大学(事務職員)→フリーランス社会学の大学院、病院(看護職員)など→看護の大学院、民間企業→海外MBA、民間企業→学校(教諭)→教育学の大学院、である。これだけバラバラな経歴でありながらも、大学院の「学び直し」に対する意味付けが似通ったものになるのは成人教育論としての論点の一つであろう。日本では成人教育論は児童、生徒を対象にした教育学と比較して必ずしも十分には研究されているとは言い難い。それゆえに、文系大学院をめぐるトリレンマ (高等教育シリーズ 177)の続きを進めなけらばならいのだけども、どなたか一緒に研究しませんか?

国立大学 法人運営費交付金「成果を中心とする実績状況に基づく配分」

www.mext.go.jp
国立大学法人では、令和元年度(2019年度)から運営費交付金の一部が「成果を中心とする実績状況に基づく配分」とされることになった。これは「各国立大学等が自ら選択した枠組みに応じた重点支援評価に基づく配分」とは異なって、成果に関する客観的な【共通指標】によって3つのグループ―地域貢献等、専門分野、世界・卓越等―内で序列化を行ったうえで、その結果を交付金の傾斜的な配分へ反映するものである。
令和元年度(2019年度)の【共通指標】は次のようなものであった。大学の組織運営、研究成果に関する項目であり一応の納得はできていた。

〇会計マネジメント改革状況
〇教員一人当たり外部資金獲得実績
ⅰ)共同研究等の研究教育資金
ⅱ)寄附金等の経営資金
〇若手研究者比率
〇運営費交付金等コスト当たり TOP10%論文数(試行)←世界・卓越等のみ
〇人事給与・施設マネジメント改革状況

そして、令和2年度(2020年度)の【共通指標】には驚かされることになった。

○卒業・修了者の就職・進学等の状況
大学の教育による成果として、卒業・修了者がどれだけ就職、あるいは進学しているかについて、卒業・修了者数当たりの就職・進学等の状況に基づき、学系ごとに評価
○博士号授与の状況
特に博士課程における学修成果として、学位をどれだけ授与しているかについて、博士課程入学定員当たりの学位授与数の状況に基づき、学系ごとに評価
○カリキュラム編成上の工夫の状況
各大学における教育課程において、教育内容の充実に資する取組や学修成果の質保証に資する取組がどれだけ行われているかについて、カリキュラム編成上の工夫の状況に基づき、学系ごとに評価

○若手研究者比率
各機関の研究環境の向上・改善の観点から、若手研究者がどれだけ在籍しているかについて、常勤教員数当たりの若手研究者数の状況に基づき、学系ごとに評価
○運営費交付金等コスト当たり TOP10%論文数
各機関が質の高い研究成果をどれだけ算出しているかについて、運営費交付金など基盤的経費投入コスト当たりの被引用数 TOP10%の論文の件数に基づき、評価←世界・卓越等のみ
○常勤教員当たり研究業績数
各機関の研究活動の結果として、どれだけの成果を創出しているかについて、常勤教員当たりの研究業績数に基づき、学系ごとに評価
○常勤教員当たり科研費受入件数・受入額
各機関の研究活動や研究環境整備の成果として、科研費をどれだけ獲得しているかについて、常勤教員当たりの科研費獲得額及び件数の状況に基づき、学系ごとに評価
○常勤教員当たり受託・共同研究等受入額
各機関がどれだけ研究教育資金を獲得しているかについて、常勤教員当たりの受託・共同研究、受託事業受入額の状況に基づき、重点支援の枠組ごとに、学系ごとの評価の要素を加味して評価
○人事給与マネジメント改革状況
各機関における人事給与マネジメント改革の進捗状況について、人事計画の策定状況、全学統一的な業績評価の実施状況、外部資金の活用状況を各法人へ調査し、その回答に基づき、重点支援の枠組ごとに評価
ダイバーシティ環境醸成の状況
各機関におけるダイバーシティ環境がどれだけ醸成されているかについて、外国人教員・女性教員の比率や留学生・社会人学生・障害学生の比率、障害者雇用比率に基づき、重点支援の枠組ごとに評価
○会計マネジメント改革状況
各機関における会計マネジメント改革の進捗状況について、学内のマネジメント、学外への情報開示、産学連携推進に向けた環境整備の取組を各法人へ調査し、その回答に基づき、重点支援の枠組ごとに評価
○寄附金等の経営資金獲得実績
各機関がどれだけ経営資金を獲得しているかについて、教員一人当たりの寄附金及び雑収入の獲得実績に基づき、重点支援の枠組ごとに評価
○施設マネジメント改革状況
各機関における施設マネジメント改革の進捗状況について、施設の有効活用、適切な維持管理、サスティナブル・キャンパスの形成に向けた取組状況を各法人へ調査し、その回答に基づき、重点支援の枠組ごとに評価

上記太字・下線の内容に関して各大学の大学教育センター担当者は背筋の凍る思いをしただろう。教育改革の推進状況が直接的に運営費交付金の増額・減額につながることになったうえに、大学間で競争することになったのである。絶対評価ではなく相対評価なので、必ずどこかの大学は勝利を収めて運営費交付金が増額され、必ずどこかの大学は敗北して減額される。各大学の状況については文部科学省高等教育局国立大学法人支援課調査における「カリキュラム編成上の工夫の状況」における設問と回答から把握されている。この年は次のような枠組みで点数化が行われた。

指標の算定方法
①学系別の点数を算出
大学ごとに、学系別に以下の観点を確認し、学系内の学部・研究科において当てはまっている場合に加点【配点:各1点】
✓学生の資質を多面的・総合的に評価し伸長するための取組の実施(アドミッション・ポリシーへの明示や初年次教育における特色ある取組など)
✓ナンバリングの実施
✓履修系統図(カリキュラムマップ、カリキュラムチャート)の活用
✓カリキュラム編成に当たり、企業等と連携する仕組みを設けている
✓能動的学修(アクティブ・ラーニング)を取り入れている
✓GPA に応じた履修上限単位数の設定
シラバスに「準備学修に必要な学修時間の目安」を設定
✓学生の学修成果の把握を行っている
②大学別の平均点を算出
各大学の学系ごとの点数を入学定員で加重平均することにより得られた数値を指標とする

しかし、実のところ令和2年度(2020年度)についてはすでに取り組み済みの内容も多く、評価項目に対してどうにか対応できていた。そして、令和3年度(2021年度)から、この【共通指標】のうち「カリキュラム編成上の工夫の状況」が過酷なものとなっていく。【共通指標】全体は次に示す通りである。

○〔教育〕卒業・修了者の就職・進学等の状況(45 億円)
大学の教育による成果として、卒業・修了者がどれだけ就職あるいは進学しているかについて、卒業・修了者数当たりの就職・進学等の状況に基づき、学系ごとに評価
○〔教育〕博士号授与の状況(45 億円)
特に博士課程における学修成果として、学位をどれだけ授与しているかについて、博士課程入学定員当たりの学位授与数の状況に基づき、学系ごとに評価
○〔教育〕カリキュラム編成上の工夫の状況(30 億円)
各大学における教育課程において、教育内容の充実に資する取組や学修成果の質保証に資する取組がどれだけ行われているかについて、カリキュラム編成上の工夫の状況に基づき、学系ごとに評価
○〔研究・経営〕若手研究者比率(150 億円)
各機関の研究環境の向上・改善の観点から、若手研究者がどれだけ在籍しているかについて、常勤教員数当たりの若手研究者数の状況に基づき、学系ごとに評価
○〔研究〕運営費交付金等コスト当たり TOP10%論文数(115 億円)
各機関が質の高い研究成果をどれだけ算出しているかについて、運営費交付金など基盤的経費投入コスト当たりの被引用数 TOP10%の論文の件数に基づき、評価←世界・卓越等のみ
○〔研究〕常勤教員当たり研究業績数(95 億円)
各機関の研究活動の結果として、どれだけの成果を創出しているかについて、常勤教員当たりの研究業績数に基づき、学系ごとに評価
○〔研究〕常勤教員当たり科研費獲得額・件数(95 億円)
各機関の研究活動や研究環境整備の成果として、科研費をどれだけ獲得しているかについて、常勤教員当たりの科研費獲得額及び件数の状況に基づき、学系ごとに評価
○〔経営・研究〕常勤教員当たり受託・共同研究等受入額(95 億円)
各機関がどれだけ研究教育資金を獲得しているかについて、常勤教員当たりの受託・共同研究、受託事業受入額の状況に基づき、重点支援の枠組ごとに、学系ごとの評価の要素を加味して評価
○〔経営〕人事給与マネジメント改革状況(70 億円)
各機関における人事給与マネジメント改革の進捗状況について、人事計画の策定状況、全学統一的な業績評価の実施状況、外部資金の活用状況を各法人へ調査し、その回答に基づき、重点支援の枠組ごとに評価
○〔経営〕ダイバーシティ環境醸成の状況(15 億円)
各機関におけるダイバーシティ環境がどれだけ醸成されているかについて、外国人教員・女性教員の比率や留学生・社会人学生・障害学生の比率、障害者雇用比率に基づき、重点支援の枠組ごとに評価
○〔経営〕会計マネジメント改革状況(70 億円)
各機関における会計マネジメント改革の進捗状況について、学内のマネジメント、学外への情報開示、産学連携推進に向けた環境整備の取組を各法人へ調査し、その回答に基づき、重点支援の枠組ごとに評価
○〔経営〕寄附金等の経営資金獲得実績(150 億円)
各機関がどれだけ経営資金を獲得しているかについて、教員一人当たりの寄附金及び雑収入の獲得実績に基づき、重点支援の枠組ごとに評価
○〔経営〕施設マネジメント改革状況(25 億円)
各機関における施設マネジメント改革の進捗状況について、施設の有効活用、適切な維持管理、サスティナブル・キャンパスの形成に向けた取組状況を各法人へ調査し、その回答に基づき、重点支援の枠組ごとに評価

「カリキュラム編成上の工夫の状況」を評価する枠組みはこのようなものである。

①学系別の点数を算出
大学ごとに、学系別に以下の観点を確認し、学系内の学部・研究科において当てはまっている場合に加点 【配点:各1点】
✓入学から卒業に至るまでの学生の資質・能力の変化と授業科目の履修履歴といった教学データを蓄積し、これらを活用した組織的な教育改善の取組を実施している
✓教育課程の編成に係る検討の段階から、組織的に学外のステークホルダーが参画する仕組みを設けている
✓GPA に応じた履修上限単位数の設定している
シラバスに「準備学修に必要な学修時間の目安」を設定している
✓学修成果を可視化し、就職活動時や卒業時に企業等に対して分かりやすく提示する取組を実施している
✓卒業生に対する追跡調査や雇用主等に対する卒業生の評価に関する調査を行い、その結果を教育改善につなげる組織的な取組を実施している
②大学別の平均点を算出
各大学の学系ごとの点数を入学定員で加重平均することにより得られた数値を指標とする

令和4年度(2022年度)については、手元の情報ではさらに細かい「カリキュラム編成上の工夫」が求められている(本日時点では文部科学省ウェブサイト等で公開されていないようなので、それへの言及は差し控える)。「成果を中心とする実績状況に基づく配分」は、すなわち文部科学省が推進する教育上の工夫を導入していない場合には運営費交付金を減額するペナルティが課されるという意味である。あらかじめ評価項目が示されるわけではなく、それゆえに準備を進めておくこともできないので、事後になって各大学の大学教育センターが慌てることになる。この3年間の傾向から推測すると、私立大学向けの各種時限付き教育改革予算で導入が進められた改革内容が参考対象となっている。大学経営の「実践」としてはそれらの予算の動向を確認しておくのと同時に、大学を対象とした研究や大文字の「大学論」としては教育の内容に踏み込む可能性のある評価項目に対して気を付けておく必要もある。

群馬大学学びのリテラシー(2)「若者について考察する」後輩のためのアンケート

sakuranomori.hatenablog.com
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 主に学部1年生を対象とするゼミナール形式の講義(一般的には「初年次ゼミ」のような名称によって各大学で開講されている授業)でのアンケートの結果の一部を紹介します。履修者40人中、24人から回答の協力を得ることになりました。回答者の皆さま、ご協力ありがとうございました。


Q2-1 あなたはこのゼミの学習に対して積極的に取り組みましたか。
 とてもそう思う 75.0%
 ややそう思う 25.0%
 あまりそう思わない 0.0%
 まったくそう思わない 0.0%
Q2-2 あなたはこのゼミのアクティビティに対して積極的に取り組みましたか。
 とてもそう思う 83.3%
 ややそう思う 16.7%
 あまりそう思わない 0.0%
 まったくそう思わない 0.0%
Q3 あなたはこのゼミの開講形式としてどちらが望ましいですか。
 「教室での対面授業」形式が望ましい 79.2%
 どちらかといえば「教室での対面授業」形式が望ましい 12.5%
 どちらかといえば「リアルタイムのオンライン授業」形式が望ましい 0.0%
 「リアルタイムのオンライン授業」形式が望ましい 4.2%
Q4 来年度以降に受講する後輩のために、このゼミで学習するコツを自由にお書きください。

  • 周りの目を気にせず、考えたことや疑問を言うことが大切。話し合いができずに雑談で終わると考察やレポートで苦しむことになるから、聞きたいことは躊躇わず聞く。初対面でうまく話せなくて黙っている人が多いから、どんどん動くこと。
  • 自分がレジュメを書く番になったら早めの段階で読み始めることをお勧めします。時間がかかるのはもちろんですが、なるべく議論しやすい疑問点や論点を考えることで話し合いが活発になるのでその章についての理解を深めることが大切です。また私はこの講義をとっている友達が最初いなかったのですが、この講義を通して友達ができました。自分から積極的に話しかけたり色々な話題をふることで発見できることが多くあると思います。毎回の授業で話し合いの場を設けてくれるので、その時間を無駄にしないでほしいです。
  • 教科書をよく読みながら、疑問に思ったことや気がついたことがあったら、どんなに細かいことだとしても自分で考えてみること。
  • ディスカッションをする中で、自分の意見をコロコロ変えないことが重要。
  • 自分が生きていて素直に思うことをぶつけた方が議論は活発に進む。
  • 考察はすぐに終わらせるのが一番いい。
  • このゼミで学習する為のコツは、「疑問を持つこと」だと思います。何故なら、疑問を持った分だけより自分の考えを深める事が出来ると考えるからです。例えばレジュメを作成する際に質問を考えるのは勿論のこと、私は講義内でのディスカッションを通して思いついた質問や考え方をすぐにメモするようにしていました。ディスカッション活動を通して学べる事は多くあります。他の人の意見を聴く事で新たな学びや発見が出来たり、また新たな疑問が湧いたり、そこから更に若者について考察していく等、思考を繋げていく過程を感じる事が出来るようになっていく所が、この講義の魅力の1つであると思います。また、考え方を深める為の過程として必要である、自分の考えや新しく学んだことを纏めたり、言語化したりする為の場として毎週の考察が非常に役に立ちました。
  • この講義は普段の会話では言いにくいような常識を疑う発言や、突拍子もない発言ができる場でした。現代の社会や若者が持っている常識のうち、日ごろ疑問に思っていることがあれば、是非この機会に他の学生に質問してみてください。みんな割と真面目に答えてくれると思います。また、人によってはこの講義を修了することで、様々な意見を知り視野が広がると思います。
  • 同じグループのメンバーとしっかり意見を交換することが大切だと思いました。周りの意見を取り入れることで見解が広がるため、考察のしがいがありました。実際に対面で話すことでコミュニケーションを取ることの重要性を感じることができます。
  • 自分の考えを持つことと、他の学生の意見も聞くことを大切にして参加するといいと思います。ほかの学生の意見のなかには、自分では思いつかなかった考えがあるので、講義中にメモしながら参加すると、レポートが書きやすいと思います。
  • 疑問に思うことがあったらとりあえず質問してみる。
  • しっかりと教科書を読むことで話し合いがより盛り上がるので、教科書を読み込むことが大切だと思います。
  • 毎回の講義の前に1人のレポーターがアップロードするレジュメは目を通しておいた方が良いと思います。また、レジュメや議事録は班のメンバーのために早めにアップロードすべきだと感じます。
  • 間違っているかなどを恐れずに、自分の意見をしっかりと述べられるようにすると良いです。また、周りの学生が自分とは違う意見を発表しても、批判せずに受け入れて考えてみるべきです。私はこの講義を履修して、積極的に意見を述べられるようになったし、毎週の考察や最終ゼミ論の作成を経て、文章を書く能力も格段に上がったと感じています。皆さんもぜひこの講義を受講してみてください。
  • 人と意見が違うことを恐れず、互いに自分の考えていることを話し合うとよい。



 ところで、このゼミナールで採用されている反転学習の場合(予習+講義時間中の小グループでのディスカッションセッション+考察の入力による復習)という教育・学習方法の場合、ゼミナール形式といえども100人、200人でも開講が可能である(以前の勤務先では400名超で同様のことを実施していた)。一人で沈思黙考する学習も重要であるのと同時に、同じ空間で複数の小グループがワイワイガヤガヤ学ぶことにも意義があるだろう。