大学生を対象とするソーシャルワーク

 とても勉強になった。これまでも臨床心理士公認心理師など心理に関する専門職による学生支援は行われてきた。そこでは、心理職の専門分野である心理療法、心理コンサルテーションはもちろんのこと、心理面の課題だけにとどまらい多様で総合的な困難に対する支援も進められてきただろう。本書は学生の社会的な背景に関するサポートまで含めたことがらを「キャンパスソーシャルワーク」として概念化して、事例をもとにその必要性を論じるものである。小中学校におけるソーシャルワーカーについては本書で説明されているとおり日本においても必ずしも十分ではないものの配置が進められてきた。大学に対してはあまり浸透していないものの、社会福祉学の学科やコースがあるような場合にはソーシャルワーカーについて認知されているという。
 キャンパスソーシャルワーカー(CSWr)を配置してる大学について、次のようにその状況がまとめられている。

大学が配置することに至った経過を聞いてみました。10校あまりに過ぎない校数でしたが5点の理由が出てきました。


(1) 学生対応に専門性が必要だと感じた
(2) 教職員だけでは、学生対応に困難性を感じた
(3) 学生の問題が多く起きるようになった
(4) 学内において連携した支援が必要になった
(5) 大学で父母等からの相談が増えた


 以上のようなことからCSWrに力を借りたいと考えたことが、配置に至った理由としてあがっています。
 さらに、大学がCSWrに期待する役割や業務を、先の配置に至った理由と同様に、CSWrに確認したところ、その事由が13点に及びましたのでそれを列挙しましょう。


(1) 引きこもり学生への対応〈自宅訪問などのアウトリーチ
(2) 学生問題の予防的な対応〈教職員から情報収集や研修等の教育活動〉
(3) 心理的な相談に加えた現実的な問題解決〈経済面・就職面・居場所の確保・不登校者へ対応〉
(4) 障がい学生への対応〈他機関の利用・合理的な支援の判断資料の提供・システムづくりと運営〉
(5) 支援活動としての居場所作りや運営〈居場所作りの発案や運営〉
(6) 一人暮らし学生への支援〈生活への具体的なアドバイス・訪問等〉
(7) 教職員へのコンサルテーション〈発達障がい 聴覚障がい 精神障がいについて〉
(8) キャンパスハラスメントに対する対応〈相談・対応・フォローアップ〉
(9) 退学者防止への支援〈成績不良者への積極的面談〉
(10) 社会資源の紹介〈弁護士等専門家の紹介・同じ悩みを持つ人の紹介等〉
(11) 教職員の学生対応への負担軽減〈支援連携会議・情報交換・情報の集約化〉
(12) 学生支援としての危機的介入〈自殺者防止の取り組み〉
(13) 研修等の企画〈学生・教職員研修の企画や開催〉


 こうして列挙してみると、かなり多岐にわたる内容であることがわかります。これは、CSWrから聞き取りをした内容でありますから、大学から指示や依頼されているだけではなく、 実際にCSWrが果たしている役割でもあります。
 また、大学で働くCSWrは、自身で認識して以下の8点を大学に存在する意義として上げています。


(1) 社会へ出る最後の教育機関で社会性を育成する
(2) 成人しているが未成熟な学生へのサポート
(3) 親からの自立の実現への支援
(4) カウンセラーより敷居が低く、相談しやすい
(5) 人の生活する場でもある大学にもソーシャルワーカーが居るのは、当たり前
(6) 卒業後のフォローアップ
(7) 卒業ばかりが人生の目的でないことを一緒に見つけていく
(8) 障がい学生 (特に就職) への対応


 最後にCSWrの支援の対象者である学生のニーズについて、CSWrは以下のような11点をとらえています。
(1) 対人関係の問題に関する支援
(2) 心理的支援
(3) 障がい学生の支援
(4) ソーシャルスキルレーニン
(5) 大学内の居場所に関して
(6) 引きこもり学生に関して
(7) 修学についての具体的な支援
(8) 望まない妊娠について
(9) 進路に関して
(10) 経済的な支援
(11) ハラスメント、 性的被害に関して


 大学が学生の支援として上げている項目と重なる内容もありますが、 大学が認知していないような内容を、学生はCSWrに相談したいと考えていることがわかります。
 最後にCSWrが配置されている大学がどんな効果を感じているのか確認してみると5点ありました。その内容は、


(1) 学生が悩むことができる
(2) 教職員との情報共有ができる
(3) 外部とのつながりができる
(4) 家族との協働の芽生え
(5) 教職員が抱え込まない(一人で悩まない)で済む
という事項でした。こうしたことが多岐にわたる相談内容を対応するなかで実践できている点ということになります。
pp. 23-25

 特に私(二宮)が関心をもったのは、たとえば、ふらっとフリースペース(学内の相談室近くに設置された居場所、たまり場のようなところ)を訪れる学生に対して先回りして助けてしまわないこと、攻撃的な態度をとりがちな学生へ挨拶の練習や他者理解の方法を伝えつつ学内外に「味方」を増やしていくこと、学費を払えなくなった理由が家族の医療問題にあることを突きとめて公的扶助の受け方を模索すること、若者サポートステーションなどの外部機関と連携して勉強が嫌で中退したいけど働きたくもないという学生に対して次の一歩を踏み出せるよう支援することなどである。これらはまさしくソーシャルワークであり、日本においては特に若者向けの施策としては不十分であるとされてきた内容である。支援の最終的な目的が「自律」であるという主張も頷けることである。大学のことが嫌で嫌で仕方がなかった二十歳の頃の私(二宮)がこうした支援を受けることができれば、どれだけ有難かっただろうか(その場合、おそらく研究生活を志望することはなかっただろう)。
 気がかりであったのは、CSWrの重要な仕事として後任者への引継ぎが挙げられていたり(p. 57)、個々の学生対応のような「ミクロレベル」の実践に終始してしまうと周囲の人から評価されなくなってしまったりする(p. 70)ということである。このことは、全国の大学で任期付きとして雇用されてきた臨床心理士公認心理師などと同様の問題でもあり、私(二宮)が研究してきた「大学における新しい専門職」の仕事の難しさともよく似ている。