2022年度前期教養教育科目「若者と社会」アンケート自由記述

 2022年度前期の教養教育科目「若者と社会」において、例年どおり講義期間終了後にアンケートへの回答をお願いしました。約70人の履修者(ほとんどが学部1年生)のうち19人から回答を頂きました。この回答内容を来年度のシラバスへ反映する予定です。

昨年2021年度はこちら
sakuranomori.hatenablog.com

講義全体の感想
  • 漠然としたイメージの「若者」が少しは実感を持って考えることができるようになりました。全体的に講義内容は興味深く、Zoomのチャットを通して学生の意見を知ることができるのが何よりも面白かったです。
  • レポート提出は大変だったが考察の書き方を習うことができよかった。
  • 身近なものに関する内容が多く興味の湧く内容が多いため、自然と講義に集中することができた。全体的に退屈することはなく、楽しかった。
  • 若者についての問題などが多く取り上げられるので興味をもって授業に取り組むことができる。また、講義中にほかの学生の意見を見ることのできる機会もあるため自分と違った意見も知ることができる。
  • レポートの提出が大変だったけれど、どの講義もほかの講義では聞けないような内容であったのでとても面白かった。すべてのレポートをやり切って、レポートの書き方であったり、考察のしかたが少なからず身についたと思う。この講義を履修してよかった。
  • 若者について様々な側面からの理解を深められた。
  • 自分たち若者について考察するのはとても面白かった。個人的に「大学」という講義に感じていて、とても満足している。すごく頭を使う、気持ちよく悩める授業であった。
  • レポートは大変だったけど、書き始めれば意外とスラスラ書けた。まずは書き始めることが大切!自分にとって身近な話題について考えるので、どの講義よりも興味が湧いたし初めて知ることも多く普通にためになった。
  • 興味深い内容が多かったが、毎回のレポート提出が大変だった。考察をしようとすると文章が長くなってしまい、Word1ページ程度にとどめるために文章を切ることが大変だった。
  • 普段、身の回りの問題にいかせるものがあった。講義でやった内容をふと考える時間ができた。考えることが面白いことだと改めて実感した。
  • 楽しかったです。
  • どの講義もとても興味深く、時間が過ぎるのがあっという間だった。大学の全ての講義の中でこの「若者と社会」が一番大学生らしくわくわくした。また、物事に対する考え方が大きく変わった。
  • Activtyがあったため、Zoomを使用した講義でも私たち学生が参加できる講義で聞いていて面白かったし飽きなかった。
  • 先生の講義は独特な一方で、ほかのどの講義よりも「これが大学の講義か」という感覚を覚えられた講義でした。たびたび出てくるぬいぐるみやフィギュアがかわいかったです。先生のTwitterについてさんざん触れてお便りやチャットを記入していた私ですが、講義で「サービス、サービス」と言ってもらえたときはさながらファンサービスをもらったオタクのように歓喜していました。レポートはどぎつかったです。ここまですぐに何とかできそうで何とかできない課題は初めて出会いました。その認識と現実のギャップに苦しみました。そう認識してしまうのはなんででしょうね、考えてみると面白いかもしれません。先輩にレポートの書き方が学べるとおすすめされて、たった6人と人数の少ない教育専攻の中で3人も受講しました。全員レポートに苦しめられましたが、受講する人数の少ない共同教育学部の中でとても強い繋がりができたので私たちも後輩に勧めます。Twitter、今後も拝見します。
  • 自分たちと同じ世代の若者について、様々な視点で考えることができる面白い授業でした。これが正しい、正しくないという答えを出すのではなく、様々な意見を出し合って多角的な考えを得られるというのが醍醐味だと思いました。若者である私たちにも知らないことはたくさんあったし、バイトやカルトなど身近で気を付けなければならないことも知れてよかったと思います。
  • 身近な内容ばかりで、本当に楽しかった。レポートが大変だったが、履修してよかったと思った。
  • 若者である私たちに関連する話が多かったため、少々難しい部分も興味をもって受講することができた。教育に関連する話もあるので、共同教育学部の学生にはおすすめだと思う。また、提出するレポートに対して毎回フィードバックを返してくださる先生はなかなかいないのでレポートに対するモチベーションが上がった。時々満点の評価をもらえると嬉しかった。
この講義を受けるコツ
  • 先生のフィードバックにめげずにレポートの提出をこなすことが大切だと思います。
  • 私は、講義のノートをWord でとっていました。レポートを書く際にそちらの方が便利なのでおススメします!レポートはスライドだけではなく先生がおっしゃったことやズームのチャットに書かれている他の意見を参考にするとクオリティが上がります。
  • レポートを書く際には語尾に「考える」や「思った」と書くと必ず注意される。高校の評論文の文章を思い出すと確かに、「考える」とは書かれずに断定しているので気を付ける。
  • 講義の要約と考察は授業の直後にきちんと書いた方がいいです。後回しにすると書きたいことを忘れてしまうので。レポートを毎回きちんと提出すれば最後のポートフォリオ出さなくても単位取れます。
  • しっかり考えること。何も考えないで講座を受けても意味がない。このことは、身近のこのこととかかわりがありそうだなとか、これは以前の講義のことと関連付けられるななどといった感じで講義を受ける。
  • 自分の考えを表現することが大事なので、講義中に思ったことや疑問に思ったことをメモするだけでもレポートを書くのがとても楽になると思う。
  • 【興味を持った方へ】はじめに、この講義は「若者と社会」というテーマについて、先生からひたすら考える材料を与えられるだけの講義です。何を感じて何を学ぶかは人それぞれですが、履修者は全員レポートを書く力が最低限身に付きます。ある独特な方法でレポートの書き方を指摘されるので、レポートを書くたびにその指摘が思い浮かぶようになり、ある程度まとまったレポートがに書けるようになります。これが、この講義を受ける全員にとっての最大のメリットです。やりたい授業がそこまでない方には特におすすめします。先生もかわいいですよ。【履修者へ】わざわざシラバスの端から端まで見る人は相当少ないはずななので、ここにたどり着いたあなたへこの講義を半年受けたのコツをお教えします。レポートに関して、講義の要約・考察については授業中に何としても終わらせましょう。これが唯一にして最大のコツです。予習論文への考察はいつでも書けますが、講義の内容などはすぐに書けなくなります。くれぐれも提出期限ぎりぎりで出そうとはしないようにしましょう。痛い目見ます。フィードバックでレポートにちりばめられるスタンプは、おそらく先生以外真の意味を理解できていません。一緒に悩みましょう。ただし、わからないからといって何も書かないのはおすすめしません。あくまでもすべてのスタンプにリプライすることが課題なので、スタンプの数だけ先生とコミュニケーションをとるつもりで書きましょう。レポートは途中でも出しましょう。途中の状態でも二宮先生は提出点を加点してくれます。この1点はデカいです。特にいつもぎりぎりになってしまうそこのあなたには...。講義の考察に関して、講義中「なんででしょうね、考えてみてください。」、「レポートを書くときの参考になるかもしれません。」、「考えてみるのも面白いと思います。」というフレーズを聞いたら、そこで考えたことを軽くメモしておきましょう。後々考察が書きやすくなるはずです。頑張ってください。応援しています。(共同教育学部生)
  • レポートは書き始めが大変です。一端書き始めれば、そこまで苦ではないと個人的には思います。(講義以外でも)日頃から「若者」に対して考えを巡らしておくと非常に書き易くなりますよ。
  • レポートに書く内容を講義中にあらかじめ考えておく。
  • 1,200字程度を目標に考察や要約を書けば案外早く終わる
  • 期限内にレポートを出す。講義中、「えーほんとに?」「なんで?」「わかる」など勝手に相槌を打ちながら聞いていたら、割と自分の中に内容が入ってきやすく、レポート書く際も、ああここはこうだったなと思い出しながら書けた。
  • 身近で自分が体験したことのあることと関連付けて考えるとより楽しく講義に取り組める。レポートも最初はわからないことが多いが最後にはレポートの書き方が上達している。
  • 講義を聞きながら、少しでも思ったことや先生がボソッと言った問いかけなどをメモするといいと思います。
  • レポートを書いているときにどんなフィードバックがくるかを予想しながら書くといいと思います。自分が書いた考えにおかしいところがないかなど、突っ込みどころがないか注意しながら書くことをお勧めします。
  • レポート課題を順調にこなしていけば単位を取得することができるため、リラックスして先生の話を聞くと良い。また、先生はレポートの個性や面白さを求めているため、レポートの内容は、先生を不快にしないような内容よりも、先生の講義内容に対して批判的だったり講義内容とは違う視点の内容の方が良いと思う。
  • レポートを毎週書きますが、予習論文がわりと量が多いので早めに読んでおくと楽かもしれません。それとフィードバックへのリプライが毎回レポートを書くときのアドバイスになるので、きちんと返信することとそのアドバイスを取り入れることを意識するとレポートの点数が高くなると思います。
  • 考えることが好きな人におすすめしたい。レポートを書く分量というのは他の授業より多いかもしれないが、満足感はとてもあるし、他の授業でレポートを書くのがそこまで苦にならなくなった。

実務家教員に関するアンケート調査

 科学研究費助成事業基盤研究(C)「大学教育を担う「実務家教員」に関する基礎的研究」(研究代表者:二宮祐)による研究にプロジェクトの一つとして、2022年2月~2022年5月に「大学における実務教育に関する全国調査」というアンケート調査を実施しました。実務の経験をお持ちの教員が多いと想定される領域横断的であり、かつ、専門職大学院(法学、経営学、教員学など)とはあまり関係ない分野である、「観光論」、「メディア論」、「ファッション論」、「スポーツマネジメント論」の先生方へ回答をお願いいたしました。ご協力を頂いた皆さまへ感謝申し上げます。
sites.google.com

さまざまなタイプのレポート課題

 著者の皆さまからお送り頂きました。ありがとうございます。

 私が特に関心をもったのは、以前から様々な機会でお世話になっている成瀬先生が執筆なさった第8章「レポート課題を分類する」である。
 まず、アカデミック・ライティング指導科目(AW科目)におけるレポート課題の特徴について検討している。この科目はその名のとおり、学術的な文章の作法を学ぶものである。大学によって、すべての授業回/一部の授業回をライティング指導に充てる場合、初年次教育の枠内にする/しない場合、学術的な文章に焦点を絞る/多様な文章を扱うなかで学術的な文章にも触れる場合など、その開講形態も多様であろう。そこで扱われるレポート課題の種類も多様でありつつ、しかし同時にAW科目でのそれは概ね「論証」を求めるという点は一致しているという。そして、とても煩雑なのだけれどもその「論証」の中身もまた多様であると指摘されている。そうした整理をふまえたうえで大学教員を対象とした聞き取り調査から、(AW科目ではない、一般の)文系のレポート課題は次の4点に分類されるという。第1に「説明型」であり、授業内容の理解度を評価するものである。論証の自由度は低く、主張内容の自由度も低い。第2に「応用型」であり、理論の適用や事例の抽出を評価するものである。論証の自由度は低いものの、主張内容の自由度は高い。第3に「意見型」であり、授業内容に関する意見や主張を評価するものである。論証の自由度は高いものの、主張内容の自由度は低い。第4に「探求型」であり、学生自身によって立てられた問いと、その問いに対する答えを評価するものである。当然のことながら、論証の自由度は高く、主張内容の自由度も高い。そして、以下のような提案が行われている。

 そこで、AW科目で求められるような、論証の中身に自由度があるようなレポートを「アカデミックレポート」、授業内容の理解度を確認するためのレポートを「学習レポート」と区別することを提案する。これまで「論証型レポート」と呼ばれていたものは、多くの場合このアカデミックレポートに該当するだろう。論証を最も広く取れば応用型も論証型レポートに分類できるが、応用型は論証部分の自由度が低いことから、(「アカデミック・レポート」とは異なる)「学習レポート」であるとすることが混乱を避けるためにも有益ではないだろうか。あとは、学習レポートの中で説明型と応用型があることだけが区別されれば、これまで見てきた混乱は防げるだろう。
p.169

 一つ一つの指摘は頷けるものであり勉強になった。そのうえで気になったことを2点整理してみる。まず、こうした分類の目的についてである。課題の背景は「多様なレポート課題が同じく「レポート」と呼ばれることで、教員のねらいがうまく学生に伝わらない」(p.155)であり、その問題の解決のために「そもそもレポート課題にはそのねらいに応じてある程度の区分があることを学生と教員が把握しておくことのほうがコミュニケーションを効率的に進めるためには有効ではないだろうか」(p.169)と主張されている。これはそのとおりであると理解する一方で、科目のねらいによってはそうではないこともあるだろう。たとえば、効率的なコミュニケーションに対してクリティカルな視点をもつことも必要であったり、ときにはその指示があまりにも漠然としていたりぼんやりとしていたりするレポート課題について事前に提示された分類に依拠することなく学生と教員で(まさにここでこそ面倒な)コミュニケーションをとって相互にすり合わせを行なったりすることも学習の目的となりえる。教員によってあらかじめ分類を定めてしまうのではなくて、学生が分類を検討することが必要となる場合もあるかもしれない(この分類自体がかなり理解の難しい概念であることも課題かもしれない)。
 次に、「評価」についてである。実は適切に検討されていた分類について「評価」という言葉が使われていない。既述の「評価」は私(二宮)によるパラフレーズである。レポート課題を分類する際には、教員が何をどのように「評価」する意図があるのかという観点も必要であるだろう。そこで私になりの分類されたレポート課題を「評価」の側面で見直してみると、どうやら2つのパターンが存在しそうである。第1のパターンは執筆されたレポートに対して、不足していることに着目する。バジル・バーンスティンであれば「パフォーマンス・モデル」と呼ぶだろう。「ここで強調は、獲得者の作品に何が欠けているかに置かれる。ここで獲得者がある家の絵を完成させたパフォーマンス的学級を考えてみよう。教師が語るのはおそらく「なんとすばらしい家でしょう。でも、煙突はどこにあるのでしょうか」。あるいはまた獲得者がある肖像を描いたとすれば、そのコメントはたぶん「とてもいいね。しかし君の人物は指が三本しかないかあ!」。強調がもし獲得者の作品に欠落しているものに置かれるとすれば、基準は顕在的かつ特種的(ママ)であり、獲得者は、正統的テクストをいかにして認知しまた実現するかをはっきり知らされるようになるだろう」(〈教育〉の社会学理論 〈新装版〉: 象徴統制、〈教育〉の言説、アイデンティティ (叢書・ウニベルシタス)初版、p.104)。たとえば、「説明型」は「パフォーマンス・モデル」に該当する。第2のパターンは執筆されたレポートに対して、あらかじめ定められた明確な基準に依拠することなく、できていることに着目する。すなわち、「コンペタンス・モデル」である。「ここで強調は、獲得者の作品に何かが存在しているかに置かれる、ここで一人の獲得者がある肖像を描いているコンペタンス的学級を考えてみよう。教師が語るのはおそらく「なんとすばらしい絵でしょう。どう思いますか」。教授言説の評価基準は、潜在的で分散的である。しかしながら、規制言説の基準(行動とマナーそして関係の基準)の方が、より顕在的であるだろう」(同上)。「探求型」は「コンペタンス・モデル」に該当する。一般的に、「パフォーマンス・モデル」は安上がりの、わかりやすいものであり、学習者が到達するべき目標が明示される。最近のレポート課題であれば、ルーブリックを用いる評価もそうであろう。他方、「コンペタンス・モデル」は費用対効果の良くない、わかりにくいものであり、しかし、学習者の裁量の幅が広いものである(厳密にいうと実はそうではないのだけれども)。そして、ここからは私の推測でしかないのだけれども、伝統的な文系の教員はどちらかといえば「コンペタンス・モデル」を好んでいたのかもしれない。提出されたレポートに対して「教員自身が考えられないような素晴らしい、指導内容を大幅に上回る内容」ゆえに優評価とするようなものである。伝統芸能の資格審査のようなものといってよく、それまでには考えられなかったようなことを新たに編み出したことに価値を認めるものでもある。しかし、大学教育の内容と方法についての検討が進むにつれて、明確な基準を有する「パフォーマンス・モデル」が採用されるようになる。自動車運転免許の試験のようなものである(もちろん、この両者に優劣があるわけではない)。このことは大学教育のいわゆる「大衆化」にも関係しているだろう。
 このようなことを考えつつも、提案された内容について勤務先の学生へ紹介してみる所存である。

不登校についての知識のブラッシュアップ

 大学院の後輩である樋口先生からお送り頂きました。ありがとうございます。
 先生にお会いしたのは私が博士後期課程の頃でした。会社を辞めて修士課程に進学したものの、周囲から研究したいことが理解されずに落胆したまま修士を修了し、再度日中は別の会社で働きつつ夜間にある研究機関の無給インターンのようなことをしていて、その夜の学習で従来の教育諸学とは異なる一般的な(?)政策に対するアプローチの方法を身につけて、多くの方にご迷惑をお掛けしながらも再起を図るべく博士後期課程へ進学した時期のことでした。そのときに次に引用するような先生のご経験のお話しを伺って、とても勉強になったことをよく覚えています。

 私は今、国立大学で准教授をしている。専門は社会学だ。3歳の子どもを持つ母親でもある。しかし、これまでの人生を振り返ると、先の見えない迷路を右往左往しながら歩いてきた感がある。過去をさかのぼると、中学と高校の両方で不登校を経験し、転校も経験した。中学は卒業式も出ず、最終的には高校も中退した。その後は中卒フリーターとして、親元を離れ、17歳から21歳まで4年半にわたり、仕事を求めさまざまな地域を転々としながら働いていた。その後、大学入学資格検定(今は高卒認定試験という名前になっている)を受検し、大学と大学院に進んだ。過去を振り返ると、私自身、どうすれば自分を活かすような人生を送れるのか、その手掛かりがあれば、もっと楽な人生が送れたと思う。
 今の時代はフリースクールガイドや高校進学のガイドブックがあるので、それをもとに次のステップに進むことができる。しかし、さらに次のステップに関する情報となると、極端に限られてくる。この本は、(1)私たちが生きる社会に関する学問(社会学)のうち不登校経験者や高校中退者に役立つ知識、(2)私自身が不登校研究を行うなかで得た知識、(3)私自身やほかの人の人生を振り返って「これは役に立った」「もっと早く気づけば良かったのに!」と思う3ポイントから成り立つ。
4-5頁

 私の身内などには不登校経験者―かつては「登校拒否」という言葉が使われていましたが、「拒否」は不正確な表現なので改められるようになりました―が少なくないことから、ずっと頷きながら読み進めました。私なりに身内に対して学校選びや勉強の支援をしていたこともありましたが「不登校後」について考えた機会はあまりなかったです。また、おそらく10年、20年前の知識や経験では現代の「不登校後」への対応に限界があるのでしょう。「学校では教えてくれない」という言葉が地上波のテレビ番組や書籍の宣伝として使われることがありますものの、この書籍は掛け値なしに学校で直接的には伝えらえることのない知恵を紹介しています。たとえば、学校では「隠れたカリキュラム」として否定的に捉えられる傾向があるかもしれない短時間アルバイトの価値や意味付け、公的資格・民間資格取得の実益とは異なる側面の精神的効用、「ぶっちゃけ」お金どうしようかという悩みへの示唆、「(たとえば20世紀後半には)そうであるべきで当たり前のことだ」とされてきたライフコースに関する規範の相対化などについて詳しく説明されています。
 規範の相対化はどんなときにも大事です。高等教育論の研究の立場からは、次のように語られる経験に関して学生文化に対する理解を精緻にする仕事が残されていることを知りました。

 私が中卒フリーターをしていたときには、周りにも高校中退者が多かった。また、学歴のある人と交流を持つことがあっても、共通する趣味でつながっているので、私が高校中退者であることで何かが起きるといったこともなかった。
 ところが大学に進学すると状況が一変した。しょっぱなから、大学のサークルの新人歓迎会で自己紹介があった際、先輩方が「わたくし、〇〇高校出身ッ」と言い、ほかの部員が「名門(めいもーん)?」と掛け声を掛けるという洗礼を受けた。どうしようと思っている間に、あっという間に自分の番が回ってきた。やむなく「ええと、わたくし〇〇高校中退ッ!」と言って、周りが一瞬固まったあの瞬間を今でも鮮明に思い出す。そのときは即座にムードメーカー的な先輩が「アツイ!」と言ってくれ、事なきを得た。
 後で知ったが、これは東京の一部の大学にある体育会系の文化の名残で、名門高校出身でなくてもこういう自己紹介の方法を取るそうだ。しかし、誰もが高校を卒業して大学に行くのだ、という常識があることに驚いた。大学入学資格検定の会場にはたくさんの人がいたし、大学にも同類の人がたくさんいると思っていたからだ。
125-126頁

みんなが同じ特定のライフコースを歩んでいるわけではなく、また歩まなければいけないわけでもまったくありません。本書でも言及されていますが、「常識」に立ち向かうことで社会を少しずつ変えるていくことが可能なのでしょう。かつての「登校拒否」に対するイメージが今では大きく変わったことも、様々な「常識」をうまく手放すことができたからかもしれません。

群大ビブリオバトル2022年6月

sakuranomori.hatenablog.com
 群馬大学教養教育科目「若者と社会」では知的書評合戦ビブリオバトルをオンラインで(Zoom)で実施しています。仲の良い友だちというわけではない、見知らぬ同年代と一緒にネット上でグループ作業を行う練習をするという目的も兼ねています。ここでは明らかにしませんが、何かしらの役割分担があるとディスカッションが捗りそうですよね。なお、今年のルールでも若者に関連する書籍であればコミックやライトノベルなどでも認めることにしました。
 この講義では毎週レポートを提出する必要があります。レポートの内容は(1)講義の要約、(2)講義に対する考察、(3)予習論文に対する考察、(4)教員から返却されたフィードバックに対するリプライ、の4点です。ビブリオバトルの内容については、このレポートで教員に対して報告することになっています。以下、それぞれのグループ名で決定したチャンプ本です。

グループ名不明
日本の分断~切り離される非大卒若者(レッグス)たち~ (光文社新書)
グループ名不明
ダメ人間だと思ったらHSPでした!
グループ名不明
そして、君のいない九月がくる (メディアワークス文庫)
グループ名不明
ひと
グループ名 先どう
先生、どうか皆の前でほめないで下さい―いい子症候群の若者たち
グループ名 7
先生、どうか皆の前でほめないで下さい―いい子症候群の若者たち
グループ名不明
ポケット版「のび太」という生きかた
グループ名 ぼくは勉強ができない
ぼくは勉強ができない (文春文庫)
グループ名不明
めざせ!仕事のプロ こんな社員になりなさい
グループ名不明
20代にしておきたい17のこと (だいわ文庫)
グループ名不明
永続孤独社会 分断か、つながりか? (朝日新書)


 講義中にグループ名を作成するようにお知らせした理由の一つは伝わりますでしょうか。グループワークでグループの名称を作ることには様々なメリットがあります。また、こうしたレポートにおいても書誌情報を正確に記入できるとよいかもしれません(教員の本意というわけではありませんが、字数も増やせますし…)。1、2年生のうちに書誌情報の書き方についても慣れておくこともお勧めしています。