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日本教育社会学会第75回大会(弘前大学)において「大卒就職後の自己啓発と社会意識」という研究発表を行った。複数の会員から「調査回答者の学生時代の専門分野による違いはないのか?」という質問を頂戴したため、学会大会終了後に追加分析を実施した。
回答者の専門分野別人数は、言語・文学203名、哲学24名、歴史学58名、法学81名、政治学38名、経済学77名、経営学53名、社会学102名、社会福祉学21名、心理学71名、その他178名であった。まず、自己啓発の実施有無を従属変数とする分析における当日の報告との違いは、営業・販売職に従事していることが1%水準で有意となった(当初は5%水準で有意)ことだけである。専門分野に関するダミー変数はいずれも有意ではなかった。学生時代の専門分野にかかわらず、「専門分野を超えた幅広い知識やものの見方」を仕事で役立てているという認識と自己啓発の実施は関係していた。次に、社会意識のうち(1)「政治や社会への関心」を従属変数とする分析に関して当日の報告との違いは「実家の本の数」と「奨学金貸与」が5%水準で有意となったことと(当初は1%水準で有意)、政治学が5%水準で正、社会学が1%水準で正、心理学が5%水準で負となったことである。自己啓発の実施は当日報告と同様に関係していた。また(2)「自己責任論」を従属変数とする分析に関する当日の報告との違いは、言語・文学と経済学が5%水準で正となったことである。経営学で正となったり、社会福祉学で負となったりすることはなかった。また、自己啓発の実施は同じく関係していた。これらの傾向は2010年代後半に実施した同種の調査と概ね同様である。
中国のビザを取得してみた
2023年夏に中国の査証(Lビザ)を取得したときの記録である。ビザの必要の有無、取得方法は必ずしも常に同じというわけではないものの、参考のために公開しておく。
1.オンラインによる「申請表」入力と「申請日時」の予約
2023年7月下旬、中国ビザ申請センターのウェブサイトで「申請表」を入力する。個人情報の入力や顔写真のアップロードなどを行う。入力するべき項目が多いのでやや大変である。すべてを入力した後で「申請表」をダウンロードしてプリントアウトする。
次に、中国ビザ申請センターへ訪問して各種書類を提出する申請日時を予約する。東京の場合、予約可能な日程が8月下旬以降であった。そこで、8月最終週のある日の午前9時15分~9時30分の日時を予約した。そして、「査証予約確認票」とメールで送られてきた「Chinese visa application service center appointment information」をプリントアウトする。
2.提出書類の準備
上記の「申請表」に加えて、次の書類を用意した。(1)航空券(e-チケット)とその領収書、(2)滞在予定のホテルから届いた予約確認のメールとその領収書、(3)中国ビザ申請センターによって大きさと背景の色が指定されている証明写真2枚、(4)現在使っているパスポートとその顔写真ページのコピー、(5)有効期限が過ぎている古いパスポートとその顔写真のページのコピー、(6)さらに古いパスポートすべて、(7)以上すべてのパスポートにおける中国入出国スタンプが押されているページのコピー、(8)1度だけ取得したことのあるLビザ(1990年代中頃に取得、スタンプと責任者のサイン入りのタイプ)のコピー、である。(1)~(8)の書類と、「申請表」「査証予約確認票」「Chinese visa application service center appointment information」を持参することになる。
3.書類の提出
予約済みの日の午前8時30分に東京ビッグサイト駅に着く。8時35分にはビル12階の中国ビザ申請センターの入口にたどり着いたもの、すでに30人ほどが並んでいる。最後尾に立ったところ、5分ほどして様子がおかしいことに気付く。実はビザ申請の列と、ビザ受取の列の2つが混在していることがわかる。申請の列の最後尾を廊下の先の右側へ曲がった方に見つけて並び直す。そこには先ほどは見えなかった列が存在していて、結局先頭から30人ほどのところで並ぶことになる。前後に並んでいる方の会話から、9時15分~9時30分ではなく9時00分~9時15分の予約を取っている場合もあるらしいことを知る。8時45分頃、ビルの警備員らしい方が列を整理しながら、受取の人を専用の部屋へ案内し始める。9時ちょうど過ぎ、申請のための部屋へ案内される。入口で「Chinese visa application service center appointment information」に記載されている予約日時を確認される。15分早いものの特に咎められることなはい。
部屋はあたかも中国の鉄道駅の切符売り場のような雰囲気である。まず、事前書類確認を行う列に並ぶ。念のためたくさん持参した書類のうち必要なものを選別してもらう。書類の不備がある場合は、この時点で親切に対応方法を教えてもらえるようである。証明写真の撮影機と1枚20円のコピー機は室内に置かれていて、必要に応じて利用できる。私の場合は不足している書類はなかったものの、余分な書類を返してもらう。そして、受付順番待ちの番号が書かれた紙をもらう。
椅子に座って順番待ちをする。9時15分、モニターに自分の番号が掲示されたので、指定の窓口へ向かう。この窓口で書類の提出と、あらためて顔写真の撮影を行う。なお、半月前に指紋の登録は免除になっていたため行われていない。書類の中でも、特に航空券とホテルの予約確認メールに記載されている日程や氏名については何度も確認を行っているようである。なお、先ほどの事前書類確認と合わせて、(1)(2)の領収書、(3)の証明写真1枚、(6)のすべて、(7)直近のスタンプ以外のすべてのスタンプが押されているページのコピー、(8)は不要であるために返却された。9時25分、書類の確認が終わって受理されるとともに、「請求書」という記載のあるビザを受領するための紙をもらう。申請日から3日後の朝9時には受け取ることが可能であると説明される。すべての手続きを終えて、9時35分頃には東京ビッグサイト駅に戻ることになる。所要約1時間であった。
4.ビザの受け取り
用事があったため、ビザの受け取りは申請日の6日後とした。10時10分に東京ビッグサイト駅に着き、先日と同じ事務所へ赴く。申請を行う部屋の入口にいる警備員に声をかけて、「請求書」を見せながら受け取りに来た旨を告げる。以前と同じく部屋は賑わっていて、書類の不備を指摘されたらしい数名の申請者が証明写真の撮影機やコピー機の前で並んでいる。
警備員から整理券をもらって、受け取り専用の比較的小さな部屋へ行く。部屋の中の窓口では、大量のパスポートをやり取りしている代行業者が2人いて、時間がかかることを覚悟する。しかしながら、10時20分には自分の番号が呼ばれる。「請求書」を提出し現金で8,500円を払って、預けていたパスポート二つ(上記の(4)と(5))を返却してもらう。シールタイプのビサが貼られていることを確認してあっけなく終了した。釣り銭が不足していることを予想していたので、持参した500円玉が活躍した。
こちらはビザの写真の一部。
2023年度前期教養教育科目「若者と社会」アンケート自由記述
2022年度前期教養教育科目「若者と社会」において、全15回の講義終了後に本講義独自のポートフォリオの提出と合わせてアンケートへの回答をお願いしました。約120名の履修者のうちおよそ30名から回答を頂きました。来年度以降の皆さんの後輩のために、今後のシラバスへも掲載する予定です。
昨年2022年度はこちら
sakuranomori.hatenablog.com
講義全体の感想
- 関心を持って授業を受けることができた。この授業を受けたことで、社会学に少し興味を持った。毎週レポートを書くことは大変だったが、とても自分のためになったと感じている。
- 講義の内容すべてが身近な話題であったが、講義を受けるまで意識したことがないものが多かった。Activityで他人の視点、意見を知ることがことができて新たな発見が多い講義で楽しかった。
- 興味深い内容ばかりでレポートを作成も思っていたよりはきつく感じなかったです。
- 自分が普段接していても考えないことを深掘りしているような講義内容でとても楽しかった。
- 先生の自虐ネタが毎回面白かったです。
- あまり考えたことのない内容が多かったので、新たな発見をすることが多かったです。
- 自分自身で考えながら講義を受けることができおもしろかったです。
- 講義が身近な話題なので面白く、講義に退屈さを感じなかった。
- 身近なテーマが多く楽しかった。
- 過去と現在の若者を比較した時にどのような共通点、相違点があるのか、また、私たち自身に大きく関わってくる若者のことを専門用語と共に学ぶことができて興味深かった。
- 普通の人間生活を送っていたら思いもしなかった素朴な疑問が投げかけられ、その疑問を解消する過程が楽しかった。後半になるにつれて講義の話題の規模が大きくなり、授業内容も予習論文も難しくなっていったが、最後まで疑問を感じることを忘れずに内容と向き合うことができた。二宮先生の授業内での反応、コメントの一つ一つが面白かった。
- レポートとして考察を重ねることで理解をふかめることができた。
- 講義は、先生のぶっちゃけトークが面白かったです。毎週のレポート課題は大変ですが、レポートを書く力が身につきました。また、大学での講義受講についてのコツも学ぶことができます。
- 自分たちの身近な問題を言語化されて、わかりやすい 言われてみればそうだな、というような内容であり面白い
- 基本的には受け身になって授業を受けるが、若者についてアクティビティなどで書き込めるから授業に参加している感じがあり、とても楽しい授業だった。
- 身近なものについて学ぶことができたので社会の役に立つとおもった
- 身近なテーマについて考える内容の講義だったので考えやすく、興味深かった。
- レポートを毎回提出するのが大変だった。
- 講義は難しいものではあったが、私たち若者にどのような傾向があるのかを学ぶことができて良かったと思う。また、当たり前のことを「本当にこれは正しいのか?」という疑問を持つようになった。社会が全て正しいことをしているわけではないと、感じることができる講義であった。
- 講義の内容は難しいが、面白い。レポートの書き方を身に着けられるので良い。
- 難しいけど面白い。レポートは考察が難しい。
- 身近な題材について若者という視点から考えたことはとても面白かった。今までは気にかけなかったことが、若者と社会の講義を通して、まったく新しいもののように感じられた。自分の視野を広げるという意味でこの講義を受けるべきだと思う。
- 興味深い講義が多く、大変ためになった。
- 毎週のレポートは少し大変でしたが、この講義を通して仲良くなれた人がいたり、適切なレポートの書き方を学べたり、とても大きなものを得ることができました。
- 若者のこと授業で行っているのに、俯瞰した目線で授業の内容を受けていたので自分のことのようで他人ごとのような不思議な感覚で授業を受けていました。全授業を通して、つながりを持っていて、毎週の文献と次の授業を照らしながら聞くことができ、毎週楽しみながら、授業を受けることができた。ありがとうございました。
- 今まで当たり前に流されていたことを実感することができた。なんとなくふしぎに思っていたことが、先生からの講義と自分の考察を通してどうしてそうなのか知ることができた。
- レポートを書くのに時間がかかって大変だったけれど、授業の内容がとても面白かったです。普段自分では考えないことを授業を通して詳しく考えることが出来るので良い機会になりました。
- 講義の題に対して自分の意見を考えることができて非常に楽しかった。ほかの人の意見も行くことができたため視野を広げることができた。大学生は全部がキラキラしてるわけじゃないと痛感しました。
- 若者についての理解を深めることができた。いろいろな見方があると感じた。レポートにまとめることが難しいと感じた。講義はおもしろかった。15回の講義をありがとうございました。
- 身近なものが題材となっていることが多かったので、非常に楽しく講義を受けることができました。
この講義を受けるコツ
- 授業中にタイトル、フィードバックに対するリプライなど、書けるところは書いておく。また、考察は先生がポロっと口に出した疑問などの投げかけについて書くと、考察のネタを考える時間を省くことができる。
- 時間に余裕をもってレポートを提出すること。考察やフィードバックは何を書けばよいかわからないことがあるが、講義中に先生がヒントをくれることがある。また、出席確認用の紙を毎時間書くが、この時に質問してみてもヒントを出してもらえる。
- 先生が言っていることをメモすることが大事。
- 継続できる力が大切だと思った。毎週課題が出るので、それを面倒くさいと思わずに毎回しっかりやることが大事。
- レポートの先生からのリプライへのコメントは絶対書き忘れない。
- レポートは大変ですが、講義は興味を持つものが多かったです。先生が「なんでだろうね」など言っていたことはメモをしておくとレポートの考察が書きやすいです。
- レポート提出の為に常にノートをとることを意識する
- 先入観にとらわれない。
- 毎週レポートを書くのは大変だけど、この授業のおかげで他の授業のレポートが書きやすくなったのでおすすめです!
- 講義の冒頭で先生がおっしゃっていることではあるが、中身のあるレポートを書くためには、授業後にLMS上の授業スライドを見るだけでなく、講義の内容のメモを取る必要があると感じた。
- 授業中に先生がつぶやいた問いかけをメモして、授業後のレポートの考察のネタにするのがおすすめです。 授業内だけで完結させるのではなく、授業を受ける前に感じていたことや自身の経験、後半の講義では前半の講義との関わりを見つけると楽しいと思います。
- まずは先生のスライドをよく見てレポートはその日のうちに片付けること。
- レポートは提出ギリギリではなく、早めに取り掛かり、文章の再考や誤字脱字のチェック、校閲の時間を確保するべきです。 先生の言動や講義のいろいろなところに大学で講義を受けるうえでのヒントが散らばっているので、注意して考えると自分のためになります。
- 講義の中でひとつ気になったことを考察するとわかりやすい
- 授業の要点を抑えながらメモを取ると良い。スムーズにレポートを書くことができる。
- とりあえず考察する
- 毎回のレポートがあるため、大変だと感じる面もあるが、講義を受けながらメモをしておくと良い。
- レポートは講義時間ぎりぎりまで残さないこと。夏休みの宿題を最終日まで残すタイプの人は受けないほうがいいと思笑笑
- 毎回のレポートは大変ですが、毎回先生がレポートにリプライをしてくれるので、そのポイントをしっかり身に着けることが重要です。大変さもそのうち慣れてきます!若者と社会を履修したおかげで他の講義のレポートでも書けるようになったから、続けることが大切だと思います。
- 講義中にメモを取る。考察できそうなポイントを見つけながら講義を聞く。
- とにかくメモを取る。考察を書くときは何かしらの問題提起や疑問を出して、講義内容や簡単なニュース内容、一般論など絡めつつ自分なりに結論を出すと満点が取りやすい。
- メモを取りながら講義を受ける
- 授業の日にある程度レポートを終わらせる
- 授業中に課題を終わらせよう!
- 毎回レポートを作成しなくてはいけないがテストがないため、比較的楽な授業である。
- 毎週のレポートをきちんとこなす(すべてのスタンプにリプライをする、適切なバランスで各項目を記入する等のことをしっかりとやる)ことが大切だと思います。なぜなら、この授業はレポートの点数がそのまま自分の成績に反映されるからです。
- 授業の内容を予習文献と照らし合わせながら受けることで楽しさが増します。
- 最初は考察やレポートに不慣れで苦痛かもしれないが、ぜひ最後まで受けてほしい。講義中に先生が投げかける疑問は考察する際に使いやすいのでメモをしておくとよい。
- 授業中にレポートを書く時間があるので、その時間である程度終わらせるとあとが楽です。
- レポートを出し続けられれば大丈夫です。
- レポートの講義の要約と考察は、講義中に書くようにしましょう。時間が経ってしまうと、思い出すことが難しくなってしまいます。レポート提出を忘れてしまうと、5点以上失ってしまうので、早めに、忘れないうちに提出した方が良いと思います。
- 毎回提出するレポートは少し大変な部分もあるが、毎回提出を忘れないようにすることが大切だと思う。テストがないのはとてもありがたい。
マジックワードとしての主体性
しかしながら、社会には〈主体性〉を求める言説が満ち溢れている。〈主体性〉という言葉の意味は曖昧にされたまま、学校教育においては〈主体性〉の育成がうたわれ、企業は〈主体性〉のある人材の輩出を大学等に求めている。そんなことを考えていたときに、企業は学生の〈主体性〉不足を指摘するが、学生自身は〈主体性〉不足を感じていないという企業と学生の認識ギャップを示す経済産業省の調査結果を見た。そして、大学教育などで育成しようとする〈主体性〉と、企業が求める〈主体性〉には違いがあるのではないか、という基本的な疑問が生まれた。企業と大学の間で、〈主体性〉の意味のズレを内包したまま、産業界から大学教育等に対して〈主体性〉の育成要求がなされているのではないか、と考えるようになった。
そののちに、〈主体性〉に関するいくつかのデータを試行的に分析した結果、企業・経済団体に焦点化して分析を行うことにした。企業が求める〈主体性〉を明らかにすることで、産業界の人材育成要求に対峙しながら、学生の〈主体性〉育成について考えるための示唆が得られるものと考えたためである。
(はしがきより)
学生・若者が求められることはおそらくたくさんあるものの、その中でもよく見かけられる〈主体性〉に着目して分析を行うというものである。特に本書の特徴は、分析対象を経済団体、企業採用部門、企業事業部門の3つに区分したうえで、それぞれが主張する〈主体性〉の内容を理解しようとすることである。私(二宮)は日本公共政策学会2005年度研究大会において産業界による意思表明をマクロレベル(資本主義体制のレベル)、メゾレベル(財界のレベル)、ミクロレベル(個別企業のレベル)に区分して分析する必要があると言及した。それは理念的な発表でしかなかったものの、こうした分析の編み目を細かくする作業が必要であると認識している。
全体を通じて私にとっては関心の近いテーマであり大変勉強になった。読み進めながら考えを深めてみたかったテーマを列記してみる。第1に、教育学(教育社会学ではない)に対する本書の貢献についてである。もちろん、教育学を射程に入れた研究ではないと主張することも可能である。しかし、紙幅の制約のためか本書ではおよそ2000年以降の教育社会学、社会政策、経営学、産業組織論の先行研究に焦点を絞って検討が行われているものの、それ以前には教育学の分野において企業の要望に対する分析が行われてきた。その際の観点の多くは上記の私の分類でいえばマクロ~メゾであり、問題意識は「教育は資本の従属物ではない」、「発達の概念を欠いた教育論でしかない」、「職業に関する教育はほぼ形骸化・縮小化する」、「目指すべき民主的な価値観と共存できない」といった大所高所の批判的なものである。教育学にとっても〈主体性〉は行政用語にもなっている鵺のような存在であるからこそその意味を理解したいはずであり、〈主体性〉を教育機関の外部から求められる場合においてその根拠を強く求めるのである。たとえば「従業員が入社前までに〈主体性〉を獲得するようになれば、個別企業の年商が倍増する」と言われたとしても、おそらく教育学ではそのことは教育、少なくとも公教育において優先するべき課題ではないとみなすだろう。そうした関心をもつ教育学に対して応答する手がかりを掴むことは容易ではないものの、本書が教育〈界〉を分析の範囲に含めようとするならば公教育や発達論などに関連した考察を深める必要もあるのかもしれない。
第2に、データ分析の対象となっている経済団体の提言に関することである。私は勉強不足ゆえに、現在の経団連のイデオロギーが理解できていない。かつては、その前身である日経連と旧・経団連とでは重視する価値観が異なっていて、前者の日経連のほうがより復古的かつ攻撃的であった。たとえば、上下関係や愛国心を強調する提言を行いつつ労働者による運動を厳しく抑圧するのは日経連であった。また、同友会はその設立当初は修正資本主義を主張したり、その後も比較的リベラルな提言を行うなど日経連、旧・経団連とはかなり異なる志向をもっていた。私は本書の理解を進めるために、日経連と旧・経団連との統合以降の、経済団体の現代的な動向について勉強しなければならないのである。そのうえで、もしかしたら高等教育論で研究されていたかもしれないけれども財界文書の作成過程や文章とイデオロギーとの関係が気になるのである。50~60年代前後の日経連の場合、経営者でもあり保守派の論客でもあるような人物がほぼ一人で教育についての提言を書き上げていたこともあり、それゆえに日経連による主張というよりは当該論客による主張と捉えたほうがよい場合もあった。経済団体の提言について、それをほんとうに財界の意思とみなしてよいのか慎重に考えてみたいのである。
第3に、各種データの信ぴょう性についてである。これは筆者が責を負う問題ではけっしてない。大学内外の関係者にお話しを伺う場合に「実はあまり考えていたわけではなくて」、「前例を踏襲しただけして」という趣旨に聞こえるようなお声を頂くことがある。私は2016年の大学教育学会第38回大会で「就職四季報」の分析について発表したことがあるものの、そこに掲載されている求める学生像はあまり練られたものではないという前提を置いていた。〈主体性〉は何を意味するのかわからないこそ、また、自主性、自発性、自立性、自律性…などと大まかかつ曖昧に交換可能であるからこそ、すなわち中身がないからこそ普及したものであると認識していた。コミュニケーション能力も同様である。この問題については、本書では企業事業部門を対象とする聞き取り調査の結果を分析することで解決しているともいえる。実はこの事業部門に対する着目こそが、高等教育研究の文脈ではおもしろいところである。日本の雇用・採用慣行上、従来の研究では企業本社の人事部門を調査することが多かったためそうではない営業や製造などの「現場」の意見を聴くことは重要である。
第4に、翻って経営学や産業組織論を基盤とした大学教育実践に関してである。第4章「企業はどのようにして〈主体性〉を評価・育成しているのか」において、現在のマネージャー層は若い頃のOJTや自らの創意工夫により〈主体性〉を身につけた一方で、現在のプレーヤー層はマネージャー層からのサポートによってそれを育成されているとまとめられている。聞き取り調査の分析によるものでなので、このことが事実かどうかは確定できないものの、ひとまずはそのような認識があるということは理解できる。しかし、そうであるとするならば、現代の大学改革の一部によって進められている大学生のリーダーシップ開発のような〈主体性〉の涵養は不要であり、従来の「大学では遊んでおいてね、入社後にOJTで鍛えるから大丈夫」論で十分であろう。とはいえ、たとえば大学発のリーダーシップ開発(日向野幹也編著、2022、ミネルヴァ書房)で紹介されている、私にとっては優れた実践にみえる大学教育も行われていることであり、そうした教育と入社後の上長によるサポートを受けながらの〈主体性〉の育成との関係はどのような特徴をもっているのか、よく知りたいところである。
このブログでは繰り返し提起している課題であるものの、教育機関や職場において半ば強制されるかたちでありながらも〈主体性〉が身に付くというのは人の営みのパラドクスとして興味深いものである。命じられることによって命じられないでもどうにかなる主体に育つという、大掛かりなプロジェクトが続いているのである。
大学FD講習会2023夏 教育の内部質保証-初級編-
非常勤講師の皆さま、事務職員の皆さま、大学院生の皆さまなどを対象とするFD(ファカルティ・ディベロップメント)講習会を開催いたします。全国の教育機関やそれに類する機関にご所属なさっている方であれば、どなたでも参加いただけます。内容は群馬大学において教員向けに実施しているFD講習会とほぼ同様のものになります。参加を希望なさる方は下記の申し込みフォームをご利用ください。
大学FD講習会 2023夏 教育の内部質保証 -初級編-
【日時】2023年8月7日(月)19:30-20:30
【会場】オンライン(Zoom)
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