2026年夏、ヨーロッパで高速バスを利用した記録である。2回の乗車のいずれも omio という予約サイトを利用した。運賃の安い高速バスの使い勝手が良いというインターネットの情報を見かけたためである。ヨーロッパ内の移動は鉄道も便利で快適であるものの、為替の事情で相対的に運賃が高くなっていることと、ドイツ鉄道の評判が悪化していることを理由として避けることにした。なお、結局使わなかったものの、omioの初回利用サービスとして48時間のヨーロッパ域内e-sim無料チケットをもらうことができた。
(1)ミュンヘン → チューリッヒ
ミュンヘンの乗車地はZentraler Omnibusbahnhof München (ZOB München, Central bus station Munich)である。ミュンヘン中央駅からSバーンで1駅先のHackerbrucke駅または徒歩で移動できる場所にある。私は中央駅からスーツケース1つを持って歩いたものの、特に大変なことはなかった。後から知ったことではあるが、このHacker橋というのは有名な歴史的建造物なので、よく見ておくべきであった。
ZOBは地下に一般駐車場、1階にバスの乗降場、2階に商店がある。1階の乗降場には椅子が少なく、雨や風を遮る壁もあまりない。夏の時期は問題ないけれども、冬は厳しそうである。建物の外の中央駅側にも椅子はあるのだが、もちろん屋根はない。5分ほど歩いたオフィス街の喫煙所に椅子を見つけたので座ろうとしたところ、私有地であったらしく注意されてしまった。2階にはスーパーマーケット、カフェ、マクドナルド、アジア料理レストラン、ゲームセンター、Flixバスの受付があった。もしかすると、Flixバスで困り事が生じた場合にはこの受付で対応してもらえるかもしれない。昼食と飲み物を得るには十分なスーパーであった。寿司やSemmelはもちろん、キムチまで売られていた。ZOBの治安は特に問題を感じず、一般的なドイツの風景である。ただし、日中でもバスを待つ人以外の人通りはあまりないので、夜は少し怖いかもしれない。
その前夜、宿泊中のホテルからZOBまで行く方法に悩んでいた。路線バスを2本または3本乗り継ぐというGoogleによる情報か、工事中で運休しているUバーンの代わりに用意されている代替バスで中央駅まで行くという前の晩に駅で得た情報のどちらかを選ぶかという問題である。さまざまな事情により後者を選んだものの*1、路線バスを乗り継いだほうがHacker橋を楽しめたかもしれない。
バスはFlix社のものであり、昼前にZOBを出発して、途中の乗降場はなく約4時間で目的地であるチューリッヒ空港(チューリッヒ中央駅の1つ手前のバス停)へ着く予定であった。ZOBの電光掲示板で10分ほど遅延することが示されていた。Flixのバスはオンラインでリアルタイムの所在地がわかるようになっていて、遅れてくるバスの場所を地図上でじっと見つめていた。実際には20分の遅延でZOBに現れた。後日、現地の小学生に尋ねてみたら「知ってる!あの緑のバス!」と答えてもらった、とても目立つ緑色のバスである。遅れてしまうのは仕方のないことであり、なぜならこのバスの出発地はポーランドのウクライナ国境近くの街であるプシェムィシルであり、定刻であれば32時間かけてパリに向かうからである。その途中区間の乗車であるため、多少の不便は我慢するべきなのだろう。
ZOBでは1階にあるお手洗いを利用することができた。現金かクレジットカードで支払うことができて、代金は1ユーロである。そのため、バス車内ではお手洗いを使わなかった。お手洗いの状態に問題があるという情報もあるものの、ZOBで乗客が入れ替わる20分ほどの時間内で、運転手さんがお手洗いの掃除をしていた。特に問題はないのだろう。座席は2列×2列であり、シートピッチは日本の高速バスよりも少し広かった。香水の強い匂いにまとわれるようなこともなく、ちょうど4時間、ノンストップでチューリッヒ空港に到着した。預けていたスーツケースも問題なく返却された。預けるときは運転手さんの交代要員の方にお任せできたものの、返却のときは自ら荷物入れに半身を入れて取り出す方法だった。バスの乗降場は空港の入口正面であり、トラムへの乗り換えも段差がまったくなく便利である。
学部生の頃、ほぼ同じ経路を1週間かけてRegionalBahnで移動したことがあった。ミュンヘンからボーデン湖沿いにリンダウ、フリードリヒスハーフェン、ユーバーリンゲン、コンスタンツ、そして、チューリッヒである。ユーバーリンゲンで同行者が財布を見失ったことなど懐かしい思い出である。今回はアウトバーン96号線を高速で移動してしまった。途中、国境管理所があって、車線が狭くなる箇所があったけれども、もちろん今はパスポートのチェックはない。2008年12月からスイスもシェンゲン圏になっている。平日に給料の高いスイスで働き、週末にドイツに帰る人もいるとのことであった。
バスの運賃は19.48ユーロであった。安い!
(2)チューリッヒ → ミラノ
チューリッヒの乗車地はCarparkplatz Sihlquai(Zürich, Sihlquai Bus Terminal)である。「自動車公園広場」の名のとおり、単なる駐車場である。そして、Sihlquaiが読めない。フランス語からの借用語であるらしい。なぜここだけフランス語なのか、現地の知人もわからないと言っていた。チューリッヒ中央駅のすぐ近くである。狭い待合室はある一方で、飲食店はない(飲食や買い物のためには中央駅へ行く必要があると思っていたものの、今地図を確認したところ近くにスタバを見つけてしまった、ごめんなさい)。Flixでもない、私が今回乗車するREGIOJET社でもない、別の高速バスの受付はあった。
乗車予定のバスは朝にチューリッヒを出発して、お昼過ぎにミラノのAutostazione Lampugnano(Lampugnano bus station)に到着するものである。やはり長距離を移動するバスの途中区間を利用するものであり、始発地であるプラハを深夜に出発して、14時間かけてミラノへ向かう便であった(終着地がジェノバの場合もある模様)。そのため、遅延する可能性も想定したものの、20分、30分経過してもバスが見えない。バスの到着を知らせる電子掲示板はあるものの、REGIOJETはその対象外のようである。Flixとは異なりREGIOJETはオンラインでバスの現在地を確認することもできない。アプリで連絡をしてみても「返金を受け付けます」という自動返信をもらうだけである。バスを待っている人に対して一人一人声をかけ始めてみたところ、10人目くらいで同じ便に乗る学生を見つけることができた。別に見つけたからといって事態は良くなるわけではないものの、なぜか安心してしまう。諦めて返金を申し出て、鉄道での移動へ切り替えようと決心したところ、ちょうどバスがやってきた。45分の遅延であった。
バスは2階建てである。座席番号はひじ掛けの下に張り付けてあるので気を付けてほしい。自らの座席を探そうとして、私だけではなく他の乗客も視線が宙に浮いたままになってしまう。バス車内そのものは快適であった。私がいた1階の座席は1列×2列であり、幸運なことに1列のほうが指定されていた。2階のことはわからない。2階へ上がる階段の下には無料コーヒーマシンが備え付けられていて、エスプレッソ、アメリカンコーヒー、カプチーノ、チョコレートコーヒーが飲み放題である。座席には飛行機のような個人モニターがついていて、映画、音楽、ゲームなどを楽しめるようであった。なお、私は車酔いをするのでほとんど使わなかった。お手洗いは日本の高速バスと同程度の水準であった。念のため鞄に忍ばせてあった紙を使う必要はなかった(ウェットティッシュは使う)。
ミラノまではノンストップではなく、コモ湖沿いの景勝地の駅や町で乗降を繰り返す。定刻であれば約4時間30分かけて到着するはずであった。しかし、夏の観光シーズンのためか途中で渋滞に巻き込まれてしまい、6時間ほどかかってしまった。長時間の移動中、この区間を鉄道で移動した経験を思い出していた。そのときもシェンゲン圏になる以前のことであり、当然のことながら車内検札があった。旅券にICチップが導入されてすぐの時期であり、珍しいパスポートがあると聞きつけて集まってきた担当官から妙に面白がられたのであった。
最後の問題は到着地であるミラノのAutostazione Lampugnano(アウトスタチオーネ ランプニャーノ)である。ミラノに住んでいた知人からは、あまり長く留まるような場所ではないと繰り返し注意を受けていた。建物は殺風景であり、バスに乗り降りすることを目的としているわけではなさそうな人もいるように見える。おそらく夜は相当の警戒が必要になると思われる。タバッキ、バールのある建物の奥にあるメトロの入口へ足早に向かい、どうしても隙のできてしまう券売機での切符購入も避けて、クレジットカードのタッチ決済で地下鉄構内に入ることにした。地下鉄車内では複数名で巡回する警察官を見かけるとともに、乗降口には立たない、スマホは使わない、たとえ背中にケチャップをかけられても平然を装うことにしていた(そうはいっても国際的観光都市の一つなので、観光客はスマホを手に持って調べ物をしている)。
バスの運賃は23.90ユーロであった。安い!

コモ湖(たぶん)
*1:ちょうどその前日のSバーン乗車中、同じく工事中のために森の中の小さな駅で代替バスへ乗り換えた経験をしていて、こういう場合にはドイツ流の案内に従うほうが楽であるという判断にもよる。恥ずかしいことに辿り着いた先の駅名がわからず、拙い言葉でお年寄りに質問をして教えてもらったのであった。


