高等教育と雇用制度の各国比較

タイトルには「欧州」という言葉が使われているものの、実際にはボローニャ・プロセス以降のフランス、ドイツを対象としている(それに加えて書籍を作る際の都合だろうか、スイスにおけるリサーチ・アドミニストレーター(URA)を対象としている)。日本の知識人による海外(特に欧州)教育事情紹介では、中等教育における普通教育以降のいわばアカデミック・トラックが取り上げられることが多く、それが日本に比べて「望ましい」ものとして語られる傾向がある。日本とは異なって少数派であるはずのアカデミック・トラックが着目されてきた理由は、知識人にとってより身近な対象であるためだろう。他方、本書では複線型教育制度とそれに複雑なかたちで結び付いている雇用制度を分析することによって、「福祉国家」の枠組みが揺れ動く中での職業に関するトラックの動向についても詳細に分析されている。雇用・キャリアと教育のつながりを極めて重要な論点とみなすことも、知識人による教育事情紹介とは違う特徴である。フランス、ドイツに限らず、従来の非・大学型の高等教育機関/後期中等後教育機関が「大学化」すること(すなわち、そうした機関で3年間学習した学生が学士号を取得できるようになること)、大学においても職業を志向するカリキュラムが導入されること、大学院への進学者が増えることは欧州におけるおおまかな動向の一部と言ってよいだろうか(グランゼコールなど位置付けがなお難しい機関もあるので、比較高等教育論の先生方からは叱られてしまうかもしれない)。日本における4年制専修学校(通称として専門学校と呼ばれる機関)の修了者に授与される高度専門士の制度や、一部の知識人からは批判されていた専門職大学などについても、こうした欧州の動向と似たものであろう。
ところで、本書の帯には「欧州の高等教育と雇用制度の関係を包括的に分析する本書は、日本における大学から企業への移行や、リカレント教育における大学の貢献などに関して有益な視点を提供しよう」という推薦者によるコメントが書かれている。リカレント教育については、日本においてもようやく大学院政策として着目されてきたところである。しかし、リカレント教育が話題になる場合には依然としてその射程が曖昧になってしまう印象を持っている。大学外では本書でも紹介されているとおり「タテ」の学歴よりも「ヨコ」の学歴が重視されるため、大学院でのリカレント教育が進まない一方で、だからといって学部で再度学業をやり直すということにもならない。大学内でも大学院は「若い・職歴などない」大学院生を対象として教員が高度な研究を指導する場所であり、職歴を有する「社会人」が職業に就くための教育を行うことなど目的としていないという通念が存在している。アカデミック・トラックに位置づけられてきた大学院(制度化された法曹、経営、教育などの専門職大学院ではない)において職業カリキュラムを置くことへ戸惑いがあるように思われるのである。


第1章 各国の教育訓練システムの特徴
表1-7 生涯教育のレジーム(Verdier(2017)を参考に著者作成)(p.39)

「脱商品化」された生涯教育レジー 市場中心的生涯教育レジー
コーポラティスト型 アカデミック型 ユニバーサル型 市場型 組織化された市場型
公平性の原則 職業共同体へのアクセス 学校のランクや選抜 人生初期の不平等を補償 提供されるサービスの有用性 公正な価格
教育訓練の証明 職業資格 教育機関による証明書 国のディプロマ 報酬レベル 技能の認証
初期職業訓練の主要アクター 企業 学校のランクや選抜 社会 個人 「指導された」個人
リスク 無資格者の烙印 学校教育における不平等 コスト 研修への投資不足 不十分なインセンティブ
エンプロイアビリティの責任 職業レベルの協定 企業と公的機関 国と労使 個人 個人と当局
制度の主要アクター ソーシャルパートナー 教育機関 公的機関 見えざる手 公的な規制・認定機関



上記の表は欧州における生涯教育のレジームをまとめたものの引用である。ドイツは労使協調、職業教育充実のコーポラティスト型、フランスは選抜重視のアカデミック型とコーポラティスト型の混合、スウェーデンンは教育機会の平等、高い政府支出のユニバーサル型、それらに比べた場合にアメリカが市場型に、イギリスが組織化された市場型になるという。さて、日本はどのモデルに近いだろうか。