ライティング支援の事例について

大学におけるライティング支援

大学におけるライティング支援

津田塾大学ライティングセンター、出版社からお送り頂きました。感謝いたします。
この本は、大学間連携共同教育推進事業「〈考え、表現し、発信する力〉を培うライティング/キャリア支援」(津田塾大学関西大学)の成果としても位置付けられるものであり、私は当該事業の外部評価委員を務めさせて頂いていた。私が関西大学千里山キャンパスのライティングラボを訪問した際には多くの学生で賑わっていたことや、津田塾大学のライティングセンターを尋ねたときには閑静なキャンパス内でじっくり支援が受けられる環境が整っていたことを思い出している。
興味深い点は次の4点である。まず、第1に、ライティングセンターは添削を行う場所ではないという主張である。

単なる技術的な方法だけでなく、批判的に考える力や、論理的に考える力まで含みこんだ高度な能力を育成していくためには、学生自らが主体的に考えていく姿勢が不可欠である。ライティングセンターの支援は、学生自らが主体的に考え、探求し、発見していくことを視野に入れた、気づきを促す支援を行っていかなければならない。
このような気づきを促す支援を行うためには、まず、ライティング指導とは添削のことだと考える発想から脱する必要がある。なぜなら、添削という方法では、多くの学生は、単に直された文章を受動的に受け入れるだけであり、自分のライティングのどこに問題があり、どうすれば改善できるのかを、自発的に考えようとしないからである。
学生が自発的に考えるように促すのは容易なことではなく、学生が自ら考えていけるような指導方法を工夫していくことが不可欠となる。そのためには、まず個別指導の体制を充実させ、対面的な指導によって、学生との対話を通して、自ら考えるように促していくことが重要であろう。
19頁

また、自発的にライティングラボを訪れた学生について、文章の「添削」を求める傾向が見られた。学習相談が一過性の添削となることは、ライティングラボのポリシーに反するだけでなく、学生にとってもテーマ設定や論理的な文章の組み立てなど論文作成プロセスに関する技術が形成されないなど、長期的に見てマイナスの作用を及ぼすと考えられる。ライティングラボの活動内容の周知徹底とともに、教員との連携を強化する必要がある。ライティング指導に携わる教員と連携することで、ライティングプロセスを重視した指導・支援のさらなる拡充が期待される。
57頁

たとえば、ドラえもんのび太くんの0点答案のように、自らのアウトプットが真っ赤になって返されたとてしも途方にくれるだけであろう。同じように、赤ペンで丁寧に添削された自らのレポートを読むように伝えるだけでは、その学習の効果は心もとない。レポートを自動で添削してくれてその結果良い成績を得られることになる、高い授業料を払っている消費者として享受できる便利なサービスである、と誤解されてしまうかもしれない。添削(=他人の詩歌・文章・答案などを、書き加えたり削ったりして、改め直すこと(goo国語辞書による))は教育としては不十分であるという主張は同意できるものである。
第2に、関西大学においては2年生の10月に相談が増えるということである。さて、それはどうしてだろうか。

1年生は春学期(4-7月)に集中して相談に訪れる傾向があった。特に、レポート作成に関する相談が多く寄せられた。12月前後に4年生の相談数が急増し、その多くは卒業論文に関する相談であった。また2年生および3年生からの相談は1年を通して比較的少ないものの、10月に2年生からの相談数が一時的に増加した。10月に相談に訪れた2年生のおよそ9割は志望理由書を持参していた。関西大学において、2年生の10月頃に、3年生以降のゼミ所属希望先へ志望理由書を提出する学部が多いことが理由の1つと考えられる。
37-38頁

学生支援のさまざまな場所で、2年生のいわゆる「なかだるみ」が指摘されることがある。しかし、確かに3年生以降に所属するゼミに対する志望理由書に、一定のアカデミックなハードルを設けることは意義のあることなのかもしれない。第3に、ライティング支援を経験することは就職後にも役立つという指摘である。

では「書く力」と女性のリーダーシップはどのように結びつくのだろうか。
申請の段階から携わった当時の取組責任者で、現学長の高橋裕子は、授業でグループワークなどを行うと「メンバーを変えてほしい」と訴える学生が現れるようになったことが、ライティングセンター設立を考えるひとつきっかけになったという。自分と意見の異なる人、気の合わない人とは、一緒に課題に取り組みたくない。衝突はなるべく避けたい。そのような若者が増えているのではないか。しかし、社会に出れば、多くの仕事は複数の人たちと関わり合いながら進めるのが当たり前であり、「メンバーを変えてほしい」などとは言っていられない。そこで、自分の意見や思いをきちんと整理し、それをわかりやすく的確に伝えるだけではなく、相手の多様な意見や思いもしっかり受け止め、まとめ、対立を乗り越えていく力がリーダーには必要になってくる。そのようなリーダーシップを発揮するために必要なコミニケーション能力を裏打ちするのは「書く力」ではないか、と高橋はじめ、取組に関わった教職員たちは考えた。
64-65頁

そうした若者がほんとうに増えたかどうかはわからないし、もう少し慎重に整理した方がよいとはいえ、「書く力」がコミュニケーション能力というものを構成する重要な要素であるというのはその通りであろう。コミュニケーション能力とは、臨機応変に、楽しく愉快に面白く、対面で、饒舌に、口頭で、身振り手振りで、何かを行うスキルであるという思い込みから一度離れる必要があるのだ。
第4に、支援担当者の心構えについてである。

①笑顔 自分の文章を、特に書きかけの段階で他人に見せることは、抵抗感や恥ずかしさを伴うものである。ライティングセンターの扉をたたくのは、勇気が要る行動であることを十分に理解し、来た学生を萎縮・緊張させないよう笑顔で迎え、まずはこちらから自己紹介をする。
②確認 1回の相談時間が45分であること、センターは文章の添削をするのではなく、課題を共に考える場であることを伝え、理解してもらう(最初は、添削を期待してやってくる学生も多い)。また、チューターを選ぶことはできないが、チューター同士で相談内容・指導についての情報は共有しているので、どのチューターに当たっても継続指導ができることを説明する。相談に来た目的や目指すべきゴールについては、学生に決めてもらう。文章の分量が多い場合や相談が多岐にわたる場合も、優先順位は学生につけてもらう。
72頁

学生を萎縮させない、というのは一部の大学教員や大学院生にとっては難しいことのようである。しかし、こうした「感情管理」(A. R. Hochschild)は教育を行う者としてはどうしても避けられないことなのだろう(かえって、萎縮させようとする「感情管理」を行ってしまっているような事例も聞いたことがある)。
さらに、津田塾大学では、就職活動のエントリー・シート作成の支援も行っていることも示唆的であった。よく読むと、一般にキャリア・カウンセラーが行っているような対話を通じた語彙探しが進められている。そのことが偶然キャリア支援者の行為と似たものになったのか、あるいは、キャリア支援の理論から導かれたものなのか気になるところである。