学生調査の話題

終章「蒙昧主義的教育行政を越えて」において、学生調査に関する指摘がある。そもそも教育行政という言葉を大学政策に対して用いる違和感はあるものの―たとえば、大学教育学会誌での『反大学改革論』の書評で私は教育行政学者と紹介されているのだけれども、本来の教育行政学者はおかしいと指摘するだろう―、筆者の分野ではそれが一般的なのだととりあえず理解しておく。

教育改革政策の根拠とされてきた実証データの中には、たとえば東京大学大学院教育学研究科・政策研究センター(2008)のように、調査方法論という点で重大な問題を含むものも少なくない。これについては、佐藤(2015:5-7,近刊)参照。
370頁注6

ここで紹介されている東京大学大学院教育学研究科・政策研究センターは、おそらく東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策研究センターのことだと思われる。そして、参照されている「調査方法論という点で重大な問題を含むものも少ないない」研究―平成17年度~21年度文部科学省科学研究費補助金(学術創成研究費)によって実施された、平成19年1月~7月の「全国大学生調査」―の問題点は、以下の書籍で簡潔に紹介されている。

社会調査の考え方 下

社会調査の考え方 下

この5頁から7頁では東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策研究センター(2008)の報告書において折れ線グラフの使い方が間違っていると指摘されている。確かに、横軸に「人社教芸」「農工理」「保健・家政」「その他」を置き、縦軸に割合を示す表で折れ線グラフを使うのはおかしい。筆者が修正するように、横軸を「1年生」「2年生」「3年生」「4年生」として、縦軸に割合を示し、「人社教芸」「農工理」「保健・家政」「その他」の折れ線を描いた方が適切である(もちろん、その場合であっても、なお別の問題が生じている)。ただし、この報告書は全部で6つの章から構成されていて、そのうちの1つの章だけがこの折れ線グラフを使っている一方で、「先にあげた報告書には、図9.1の場合と同じような問題を抱えるグラフが少なくとも10数点含まれている」(同書7頁)という書き方はあたかも報告書全体が間違ったグラフを使っているように読めるので、必ずしも適切ではない(私がその報告書を擁護する義務はまったくなく、他の章の担当者がこの折れ線グラフの修正を求めてもよかったはずだ)。また、おそらく筆者の中心的名関心ではないので省略されてしまっているのだが、教育改革政策の「根拠」とされたデータや、当該東大報告書には数多くの問題があると言うならば、そうした問題をもう少しだけ具体的に取り上げてもいいのではないだろうか。大学改革を否定することに性急になるあまり、読み手が誤解するような恣意のある書き方をするのは好ましくない。近刊で説明が追加されることを期待している。とはいえ、大規模学生調査が確率標本ではなく、「リテラシー・ダイジェスト」誌による選挙予測のような「数頼みの調査」になってしまっているという同書303頁の注7で指摘については、高等教育論研究者は検討しなければならないだろう。大規模学生調査にいくつもの課題はあるとはいえ、その存在が認知され始めたといった段階に到達したということでもある。その一方で、調査における様々な困難や、そもそも「エビデンス」をもとにした教育政策に対する00年代以降の否定的研究の蓄積の検討といった問題もあって、悩みは尽きない。

参考

  • 東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策研究センター「大学生調査」

ump.p.u-tokyo.ac.jp

  • ベネッセ総合教育研究所「大学生の学習・生活実態調査報告書」

berd.benesse.jp

www.dentsu-ikueikai.or.jp

  • ジェイ・サープ研究会「“全国大学共通型”学生調査」

jsaap.jp

www.univcoop.or.jp