『文系大学教育は仕事の役に立つのか』

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8月に『文系大学教育は仕事の役に立つのか:職業的レリバンスの検討』が刊行されます。
(出版社さんから掲載許可を頂いた書影です)
https://honto.jp/netstore/pd-book_29179035.html
(honto:本の通販ストア)

問題関心

長期的な価値創造や人類的な普遍性に文系の大学教育が「役立つ」ということは、もちろん重要である。しかし、文系の大学教育の意義を、そうした側面だけに限定して考えてしまうことは、実はむしろ他の重要な意義の看過につながってしまうかもしれず、また逼迫した国家財政のもとで大学教育という知的社会基盤を維持してゆくのに十分な説得力をもちうるかどうかも心許ない。それに代えて本書がデータに基づいて正面から吟味しようとするのは、次のような一連の問いである。すなわち、文系の大学教育でも、実は十分に仕事にも「役立っている」のではないか。または、文系内部でも学問分野や卒業後の仕事のありようによって「役立ち方」やその度合いは異なっているのではないか。もし「役立っている」のであれば、それにもかかわらず「役立っていない」と思われているのではなぜか。これらの素朴ともいえる疑問に対して答えを探す試みを、調査データの分析を通じて示すことが、本書の目的である。
本書が調査にこだわることには、さらなる背景がある。それは、「役に立たない」とされる文系の大学教育に、無理に枠をはめて「役に立つ」ようにさせようとする動きが、調査の裏づけなく進んでいるからである」
3頁

 このブログで何度か紹介してきたように、20世紀まで教育諸学の分野(一部を除く)では、教育の職業的意義を対象として研究することは学問の政治的価値の観点から避けられるべきことであるとされていて、かつ、小中高生に比べて数の少なかった大学生を対象とした研究もあまり行われていなかった。それに関連して、2009年刊行の本田由紀『教育の職業的意義:若者、学校、社会をつなぐ』(筑摩書房)において、「教育に職業的意義は不必要だ」、「職業的意義のある教育は不可能だ」、「職業的意義のある教育は不自然だ」、「職業的意義のある教育は危険だ」、「職業的意義のある教育は無効だ」という否定的見解が紹介されて、それぞれの否定に対する反論が試みられている(8-22頁)。現時点においても、こうした否定的見解に加えて、「職業的意義なんて、就業前にわかることではないから無意味だ」、「大学の存在意義を職業的意義に求めるなんて反動だ」といった趣旨の否定を見かけることがある。確かに、一部の学問分野は職業的意義から遠く離れているということによって、その存在意義を示そうとするのかもしれない。職業的であることに関してのみならず、いかなることに関してもまったく「役に立つ」知識ではないからこそ、世間から隔絶された大学で扱われるべきものである、そしてそれゆえに永く後世に残すべきものとして価値が高いという主張である。さらには、インターネットスラングの一つである「嫌儲」のように、一般的に営利行為を嫌う心情から―ブルデューの言う「文化と階級」の論点につながるだろうか―職業との接点を嫌うということもあるだろう。
 それらの否定的主張に対する理論的、歴史的な観点からの応答については、上記の筑摩書房の新書に示されている。他方、今回刊行された書籍においては、21世紀に入ってから少しずつ積み重ねられている大学教育と職業的スキルとの関係についての各種実証的研究をふまえたうえで、とりわけ文系の知識は仕事に「役に立つ」ことはない(だからこそ、国立大学の文系は縮小しよう)という風説に対して調査の結果をもとに反論することに注力している。もちろん、こうした研究に対して「相手(=文系縮小論者)の土俵(=仕事へ役に立つかどうかを評価基準とする)に乗るべからず、そうではないオルタナティブな価値を示せ」という反論も寄せられることになるかもしれない。しかし、同書のなかで繰り返し主張されているようにそれを行うだけの時間的猶予はあまり残されているわけではなく、また、オルタナティブな価値に対して理解を得る見込みも少ないであろうから、政財界プラス高等教育政策担当省庁の「相手」への反論材料として、こうしたデータに基づく研究が必要であると思われる(オルタナティブな価値はそうしたことの提案、説得が得意な研究者によって示されるとよい)。観念的な「べき論」ではなくデータを用いた反論があれば、ぜひ検討してみたい。
 私が担当した7章では、大学を卒業して就職1年目、2年目に相当する20名を対象とした聞き取り調査の結果を分析している。聞き取りは2015年8月から2016年6月にかけて実施したものである。聞き取り時点で従事している仕事と、学生時代の学習経験との関係をお尋ねしている。もちろん、すべての学習が必ずしも「役に立つ」と認識されているわけではなく、また、「役に立つ」かどうかにかかわらず授業改善が必要と思われるような指摘もあった。とはいえ、教員にとっては思いつかないような、新たな発見となるような「役に立つ」ことがらも示されている。かつて、私は大学院の指導教員から学校文化は「教員文化」「生徒文化」など複数の文化から構成されているのだけれども、各文化の間には衝立が設けられているので他所を除くのは難しいと教わったことを思い出すのである。
 20名の対象者の方につきましては、聞き取り調査に応じてくださいまして感謝いたします。こうしたかたちでお話しいただいた内容を成果にすることができました。



ご参考
科学研究費 基盤研究(B)「人文社会科学系大学教育の内容・方法とその職業的レリバンスに関するパネル調査研究」
科学研究費 基盤研究(A)「大学教育の分野別内容・方法とその職業的アウトカムに関する実証研究」