黙り込む教授その2

せっかくなので、以前の勤務校で担当した授業「大学での創造的学び」に関して、その授業を行いながら記録を取っていたノートの一部を公開してみよう。Kennedy Schoolよりは、到達目標が僅かばかり見えやすくなっているといえるだろうか。ノートをそのまま転記しただけなので読み手の皆さまはには理解しにくいかもしれない。120人くらいの学生が縦に長い教室にいることを想像してほしい*1。ほとんどが男子学生であり、そのうち10人ほどが留学生である。

201x年月x日 x-xxx教室


13:20 
二宮 「今日は第4回の大学での創造的学びⅠです。シラバスには達成目標として様々なノートテイキングを体験し、理解する、とあります。今日も引き続き、ノートをとる練習をしてみましょうか」


マイクを使わない
小声
教壇に立たない(教室前方ドア付近で横向きに話している)
なので、学生にはまったく聞こえていない


二宮 「といっても、何を書こうか」


やはり聞こえていない、騒がしい


二宮 「何かアクティビティをやってみますか。私から5つほど提案しましょうかね」


13:25
二宮 「1、1立方メートルに人は何人入るか。2、新聞紙で作る紙飛行機はどれくらい飛ぶか。3、教室の測量。4、新聞紙で作るタワーはどれくらいの高さになるか。5、その他」


小声なので相変わらず聞こえていない
聞こえた前方座席の学生10、20名ほどだけが考えている


二宮 「新聞紙とビニール紐は用意しています」
新聞紙とビニールひもを高く手にする


二宮 「自由に使っていいですよ」


数名のグループ毎ににやにやしながら相談している(教室前方3分の1程度)
後方3分の2は私語が多い様子


前列4、5名ほどの学生が自分たちで司会を立てるかどうか相談中


教室中ほど 友だちに聞きながら5つの案を書き写している
騒がしい


13:30
2人の学生が出てくる
学生「他にリーダーやりたい人は前に出て」


二宮、学生にマイクをそっと渡す


学生1(マイク使用)「さっきの時間で案がまとまったと思います」


学生2(大声、マイクなし)「いいー?必ずどれか一つに手を挙げること。いいね」(なぜだか偉そうな雰囲気)黒板に5つの案を書きだす


圧倒的に2番、紙飛行機への挙手が多い


教室の座席はほぼ埋まっている
学生はざわついている
蒸し暑い


教室前方の図


黒板――――――――――――――――――――
                           話しかける方向←二宮 扉
机           机          机
椅子 椅子 椅子    椅子 椅子 椅子   椅子 椅子 椅子






二宮はいつも通り教卓に立たない、隅で話したり待機したりしている
学生1「多数決になっちゃうんですけど。少数意見の人はそれでいいですか?、1、4、5に手を挙げた人は理由を言ってもらえますか」


学生(右列前から4列目)「僕は1にしました。2の飛行機って、折り方がいろいろあるし、飛ばないかもしれないし、1の1立方メートルの方がすぐできて終われるかなって。だから、そっちがいいかなって」


学生1「さっきの1にした人の意見を聞いて、2にした理由をしっかり話せる人いますか?」


学生(左列後方)「あー、ちょっといいですか(大声)。多数決やった意味ないっすか。多数決だったらすぐ紙飛行機やっちゃった方がいいのでは」


学生1「自分は少数意見を大事にしたいので、多数決だけでは」(言いよどむ)「1、4、5の人、2の紙飛行でもいいですか?」


学生1「よければ拍手を」


教室内、ほぼ満場拍手


学生1「先生、新聞紙使っていいですか?」


二宮「いいよ」
新聞紙とビニール紐は教卓に置いてある(授業開始前から)


学生1「何枚ある?」 学生2、新聞紙を数えて「6枚」、A0サイズの新聞紙が6枚用意されていた


学生1「新聞紙1枚につき、何枚作ります?」


学生2「重さがないから絶対うまく飛ばないです」


学生1、学生2の問いかけが全体に伝わらない、騒がしいので


学生(中列8番目程度、声が小さい)「グループになって、紙を分ければ早く済むんじゃないですか」


学生1「グループは6つですか」
騒がしいので、この問いかけも全体に伝わらない
段取りの悪さに教室の雰囲気が気まずくなる


学生1「グループを作るという意見について何かありますか?」


学生(右列2列目)「なんか普通にやっちゃって、他の意見聞かなくていいっすよ」


学生1「グループを列ごとに3つにわけて、そのグループごとに新聞を2枚渡して、あとはグループで考えるでいいっすか」


学生たち、なんとなく不満
おそらくグループのサイズが多すぎるため、1列に約40人いる


学生1「グループは列ごとに分かれてください、グループごとに集まってください」


縦長の教室なので集まりにくい
湿度が高い、蒸し暑い、教室は不快
空調を入れてという声はまったく聞こえない


学生(中列前方)「時間制限はありますか」


二宮、学生1に対して小声で「最後に紙を書く時間を取って。それ以外は自由に」


この時点で、教室後方も話しを聞くようになっている
私語は少ない、ざわつきもない
スマホをいじる学生はほとんどいない


二宮「みんなノート書いてる?、私は6ページほど進んだよ」
学生「は」「へ?」「え?」
学生は動揺する


学生1、学生2は紙飛行機を飛ばす場所について相談している。最前列の数名と一緒に。


13:51
グループのサイズが多すぎて混乱している


左の列(学生から見て右の列)「右の列、真ん中に集まって!」リーダー1名、サブリーダーらしき学生1名


右の列(同、左)リーダー1名、サブリーダー4名ほど?


中の列 前方の学生しか話しをしていない。中ほどから後ろは放置されている
 と思いきや前方の学生が大声で「真ん中に来てくれ!」と叫ぶ
各グループ3名ほどはひたすらノートを書いている


中の列 4つの小集団に分かれた、ただし、そこに入らない列(3名)が2つほどある


左の列 教室真ん中に集まっている 全員がリーダーを注目、議論している
 全員立っている(他の列は席に座ったままの学生がまだ半数以上いる)
 各自、ルーズリーフでばらばらに飛行機を作成し始める、飛ばしている


教室は全体的にざわついている
暑苦しい
ノートをとる学生の数は変わらず、少ない


14:10
左の列を中心に、ルーズリーフの紙飛行機が散乱する
中の列、右の列もちらほらとそれを真似している
二宮はマイクをこっそり回収(整理整頓の指示を出そうとしたが、電池が切れていたため)


二宮「皆さんは工学部なのですから、整理整頓を心がけてくださいね。教室にゴミが残るなんてありえないですよ。将来の技術者、エンジニアとして、適切な振る舞いを…。整理整頓、スリーエス」
マイクがないのであまり聞こえていない。やや騒がしい。


14:10
学生1「時間になりました。完成した班はリーダーが前に出てきて飛ばしてください」


二宮、学生1と前方学生に対して「『どれくらい』の意味はなに?距離?滞空時間?話したのかなあ。飛ばし方のルールなどは?」
一部の学生が悩み出す、多くの学生は無視
そのまま進行する


学生1「紙飛行機がよく飛ぶように、全員壁側に移動してください」
全員両側の壁に移動する


結局、距離なのか滞空時間なのかわからない。


グループごとに順番にとばしている。しかし、測定方法を決めていなかったため、慌て出す学生が数名いる。とりあえず、飛行機の着地点に学生が座り込むことで対応している。


二宮「いま、私のノートは8ページめ。みんなも進んでる?てか、なんでいまノート持ってないひといるの」大声で、しかし、怒るわけではなくにこやかに言う。数名の学生が慌ててノートを取りに座席へ戻る。


二宮、学生1に小声で「今日の授業計画4、シラバスの計画は与えられた課題を把握する、だね。みんな、できているのかなあ」


学生1、困る。それを他の学生に伝えようとはしない。
二宮、仕方なく同じことを大声で学生に向けて言う。学生多数、困っている。


ずっと中の列でスマホをいじっていた学生にそっと近寄る。ネットを見ていた様子。ノートはわずか、5行しか書けていない。二宮、その学生に「紙飛行機の作り方、なにかネットで見つかった?」学生困る。返事はできない。


学生1、学生2を含んだ10名ほどがビニール紐を使って測定をはじめる。二宮にはそれがどのようにして、測られているのかわからない。目盛りのないただの紐なので。その他110名の学生は何の時間なのかわからない。


二宮、教室を歩き回りながら大声で「ノートは評価の対象ですよ。しっかりと記録できていますよね」


黒板は授業の進行に従って、二宮が右1/10を使って小さく次のことを書いている


1、何をするか(意志決定)
13:30-
2、グループづくり
13:40-
3、紙飛行機
13:51-
工夫・改善点
PDCAサイクル




二宮、大声で「今日の内容1、2、3はそれぞれ工夫、改善点が書かれているよね。Plan/do/check/actも当然あるはず。工学分野ではどの学科でも必要なこと。機械でも電気でも建築でも」
二宮「皆さんは技術者、エンジニアになるはずですから、工夫と改善は絶えず続けなければならないよね」


二宮 教室を歩いていると、中国人留学生から「先生、PDCAって何ですか」質問される
二宮「Baidu知ってるよね、いまスマホで調べてみようか」


14:30
二宮「まとめ用のピンクの紙は教卓にあります。必要になったら取りにきて」
学生、半数以上の学生が取りにくる。


14:32
左列グループ、紙に書き始めたにもかかわらず、リーダーが集合を呼びかける「改善点を考えるので集まってください」グループのほとんどが集まる


14:35
ざわざわしている
すべての学生が紙にノートのまとめを書いている


二宮「今日の合言葉を一度だけ言います、デミングサイクル」
学生「え!」「デミーサイクル?」


二宮 教室を歩き回りながら紙に書くべきことを伝えたうえで、デミングサイクルの説明をする。ざわついているので、かならずしも聞きやすいとはいえない。デミング博士、生産管理などについて早口で簡潔に説明。学生は紙にまとめをしなければならないので混乱する。あるいは、説明を無視する。


前方の学生「デミングってカタカナですか?」
二宮「アメリカ人だから、表記は一般的なアメリカ人の名前の書き方で」学生、当然不服そう。


14:45
二宮 出欠確認、おやすみまえに、日本語検定過去問、第一回中間試験について案内
この授業の履修者は中間試験を受ける義務はないものの強く推奨


二宮「紙が書けたら授業補助者の先生に提出して、授業はおわりね」


二宮、授業補助者に対して紙の提出時にマナーがおかしい場合は受け取らなくてよいと伝える。前方の学生には聞こえている。


提出 数名が受け取りを拒否されやり直しとなる。
1名はかなり強く不満を表しながらも提出「なんすか」と補助者に詰めよって睨む、提出後もなにか言いたそうにしながら退室
もう1名は3回挑戦しても受け取ってもらえない。二宮が数週間前にあった事例の真似を2回やってみる。ポケットに手をいれたまま投げ捨てるように渡す。あごをしゃくって。それをみてようやく丁寧にわたせた。カバンを床におく、なぜか作業服のボタンを締め直す、真正面に立って両手を揃えて提出。

文系の先生方には(私もだ!)あまり縁のないことかもしれないので、この授業の意図がわかりにくいかもしれない。
あえてわかりやすく言えば、この授業の繰り返しで以下に引用するようなノートの作成に慣れることも複数ある到達目標の一つである。それを手取り足取り教えてもらうというのではなく、自らの試行錯誤を通じて「掴み取る」ことを重視している。それこそが冒頭で少しだけ紹介しているシラバスの意味であって、文系の講義ノートとは異なる性格を持っているだろう。ほんとうの工学実験ではないので、失敗してもいいし、あまり書けなくてもまったく構わない。「紙」が提出できなくてもよい。
「教えたほうが、教えられたほうが早い」という主張に対しては「早いことが良いわけではない」とお答えしていた。もちろん、教えられることを模倣することも大事ではあるものの、この授業では模倣の段階で止まってしまうことを問題にしている。また、大事なことなので繰り返すが、到達目標はこれ以外にもたくさんある。何ができないかではなく、何ができるようになるかが評価の着眼点である。
私のノートも同様に思いついたことを何でも記録している。そのため、実は紹介できないこともたくさんある。今回紹介したものは、その中でも比較的問題のない部分である*2
www.huffingtonpost.jp

*1:同じ名称の授業で250人が一つの教室で学ぶこともあった。授業補助者の数を増やすことで対応している。チームティーチングであることが大切なのだ。

*2:ところで、この授業ではネットを使った時間外学習も課していたので、学習量としては十分のはずである。