ベンチャーに行った理由

munyon74先生の記事を読んだので、私は反対に「ベンチャーに行った理由」を書いてみる。

munyon74.hatenablog.jp

大学4年生のときは求人と求職のバランスが大崩れし始めた時期だった。当時、私の出身大学では学部問わず、1つのゼミに7人の学生がいるとするとおよそ4~5人が就職して、残り2~3人が就職できずに留年するという状況だった。秋採用は一般的ではなく、4年生の7月までに内定を得られないと留年の決断を迫られる。就職先を決めないまま卒業するのは稀であって、そのことは大学の風土や授業料の相対的な低さに関係していたのであろう。そのときは、「一時的に苦しい時期であり、来年、再来年にはこの状況は改善するだろう」と思い自らの不運を嘆いていた。しかし、実際にはこの過酷な就職難はしばらく続き、なぜか就職できない学生が「自己責任」であると責められ、さらに、なぜか就職できるようになるためという理由が付されたキャリア教育が導入されることになる。この需給バランスの問題が学生の努力不足に転嫁された経緯については、どこかで他の方が論じているであろう。
さて、私は数年で巨大化していた日本のベンチャーに内定を得ることになった。今でも忘れてはいない6月6日午後2時のことであった。本社へ訪問して、とても狭い小部屋で役員と握手をした。「内定」とか「内々定」とかの言葉が使われず、握手によってそれを伝えるという当時の一部業界での慣行である。商社(総合・専門)、運輸、マスコミ、そして、少しばかり製造と金融を回り、多くの企業から書類選考で落とされていた中でのことであった(それに加えて秘密の隠しテーマは住友系であったんだけれども、他方、知人の野球ファンは「社会人野球チーム」のある企業―夏に社用で東京ドームへ応援に行ける?―ばかりを受けていたので、まあそんなものである)。今のキャリア・コンサルタントからは「軸のない」就職活動をしていると怒られるのかもしれない。なお、優秀な(?)学生は4月中旬~下旬に内定を得ていたので、やや遅めの時期である。
その巨大ベンチャーの内定を得て、就職活動を終えることにした理由は複数ある。ただし、今から思えばそうだということなので、当時ほんとうにそのように考えていたかどうかはわからない。それでもなお挙げてみると、第一に、退職のしやすさである。この記事をご覧の方は笑ってしまうかもしれない。けれども、なんとなく大学院への進学を検討していた私にとっては重要なことであった。というのも、稀に選考が進んで得られた面接の場において将来構想を尋ねられ、大学院進学のことを持ち出すと露骨に嫌な顔をされたことが何度もあったためである。実はあるマスコミには最終面接にまで進んでいたのだけれども、その面接でこのことが論点となり、役員と2時間ほど話し込んだ結果、後日「ご縁のない」旨のお手紙を頂いたのであった。そんな退職折り込み済みの、何もできない若手を採用して育成する余裕などないということのだったのだろう。その一方で、この巨大ベンチャーは途中の面接段階で、数年で退職したいという将来構想を歓迎した。そもそも中途採用、退職という流動性が高く、若手の育成にも力を入れていないことから―それは言いすぎか、OJTというか名ばかりOJTで、後輩は先輩の後ろ姿を見て仕事を覚えようか―、他者の人生を拘束しよう、生涯にわたる仕事を通じた仲間を作っていこうという意志がほとんどないのである。このことは私の性格にとって嬉しいことであった。第二に、第一の件と関連して、給料が高いことである。関連しているという理由は、この巨大ベンチャーは退職一時金、退職年金が極端に低く、その他福利厚生も他社に比べれば極めて不十分であるけれども、その分を給料に回しているということを公言していたからである(現在のことは知らない)。そのうえストック・オプションもあった。このストック・オプション、私は不手際で結果として大きく損をすることになったのだけれども、上手に運用できていれば今ごろ…。それはともかく、大学院の学費、生活費を手っ取り早く稼ぎたい私にとっては、65歳になってからの退職金や有効期限が年度内の保養施設利用チケットではなく、今すぐお金が欲しいのである。第三に、このことはよく言われることだけども、仕事のスピードが速く、かつ、幅広い仕事をすぐに経験できる。危険な仕事(意味深)を手伝う機会もあった。中途採用、退職が多いために、いわゆる「年次管理」は行われていない。入社1年後には、さらに小さい新設ベンチャーへの転籍出向を命じられることになる。ともあれ、そのプロパー約15人のスタートアップで地獄を見ることになる経緯は、以前ここに書いたとおりである。結果として、想定していたよりも少し早めに退職して大学院へ進学することになった。
退職しやすい、給料高め、仕事のやりがい(後に、このことは「やりがい搾取」という言葉を知って見直されることになる)が「ベンチャーに行った理由」になる。この企業がベンチャーであるとほんとうに言えるかどうかわからないけど、当時はベンチャーとして宣伝されていたので許してもらいらい。