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ハーバードビジネススクール 不幸な人間の製造工場

ハーバードビジネススクール 不幸な人間の製造工場

政府ではなく企業が、政治家や官僚ではなく経営者が、あらゆることを管理運営するHBS的な志向、このことを批判、否定することが教育政策研究の一つの固定的な様式でさえある。ここで思うのは、「およそ教育的働きかけは、恣意的な力による文化的恣意の押しつけ」であることだ。ある様式に則った教育政策研究が主張するように、政府や企業から国民、市民、地域・・・の手に教育を取り戻すことができたとしよう。しかしながら、文化的恣意は決してなくなることはない。
HBSの体験談は、そのタイトルが示唆するほど、単純にはHBSの価値、規範を批判、否定する気にさせるものではない。むしろ、そこにある文化資本をめぐる凄まじい象徴闘争を見える形で提示してもらったことに感嘆する。翻って、日本の高等教育機関が、いかに象徴暴力の正当化に成功しているかということに気付かされる。「大学への適応不全が問題である」なる言説は、まったくの見当違いなのである。
もし、大学の雰囲気に馴染めない学生がいれば、胸をはってそう言えばよいだけのことである。それは、個人の性格とは何ら関係のないことである。