長期インターンシップで「社会人基礎力」が向上するか

「長期インターン最初の約半年で“社会人基礎力”が在籍日数とともに向上、「主体性」「課題発見力」「働きかけ力」「情況把握力」に伸び
慶應義塾大学大学院経営管理研究科 岩本研究室×株式会社キュービック産学連携プロジェクト調査「長期インターンシップと社会人基礎力の相関関係」より〜」
prtimes.jp


当初、私は時事通信のウェブサイトでこの記事を読んだため、専門的な知識を有する記者が取材をして書かれたものだと考えていた。しかし、これは取材を行うことで得られたニュースではなく、「PR TIMES」というサービスが利用された、企業のプレスリリースの配信であった。つまり、企業の宣伝・広告なのである。以下はこの記事の抜粋である。

2020年2月時点で株式会社キュービックにおいて長期インターンをしている学生に対し、社会人基礎力診断ツール(一般社団法人日本経営協会・社会人基礎力自己診断NOMA ST-I)を用い、調査を実施した。社会人基礎力診断ツールでは、さまざまな設問の回答から主体性や働きかけ力といった計12の各能力要素に対し16点満点で点数をつける。対象となった在籍日数3日~1,356日の学生、合計73名のうち、在籍日数が180日までの長期インターン生24名について、統計学的に有意な結果が観察された。在籍日数が増えると社会人基礎力のさまざまな能力要素が身につくことがわかった。

私はこれまで、社会人基礎力の各項目は恣意的に作られたものであり、学術的な裏付けがないことを度々指摘してきた。「社会人基礎力」を学生の能力把握に用いることについては慎重であるべきだろう。また、この調査は、1,356日という外れ値や、73名のうち24名だけに有意な結果があるという結論の導き方についても問題がある。それ以上に、困ってしまったのは調査の設計についてである。
深夜の頭が働かない時間帯に記事を読んだとき、大学教育学会の研究でよく使われる、私が「ビフォーアフター型質問紙調査」と勝手に名付けている方法が採用されていると誤解してしまった。「ビフォーアフター型質問紙調査」とは、ある講義・授業や課外のプログラムを受ける前と受けた後で同じ質問紙への回答をお願いして、それによって能力自己評価の変化の「度合い」を探ろうとするものである。インターンシップ、正課外キャリア教育、フィールドワーク、課題発見解決型授業など非・伝統的な(?)プログラムの効果を確かめるときに利用されることが多い。そして、なぜだか、ほとんどの研究は結論は「能力自己評価が上がった」「効果があった」ということになる。「能力自己評価は変わらなかった」「効果がなかった」研究を見かけたことはあまりない。ひとは(主語が大きい?)中長期的にどんなことであっても何か一つのことに集中して取り組んで、その際に定期的にフィードバックを受けることによって、能力自己評価は高まるのかもしれない。そんな想像を否定するために、他のプログラム経験による能力自己評価の高まり「度合い」との比較や、調査対象を変えた場合との比較をするなどの工夫が必要になる。たとえば社会科学の古典を時間をかけて丁寧に読み、学生同士でディスカッションを行う半年、1年、または、1,356日のゼミナールの経験によって上がる「課題発見力」や「傾聴力」との比較を知りたいのである。
しかし、この記事、いや広告・宣伝で紹介されているものは「ビフォーアフター型質問紙調査」でさえなかった。2020年2月時点で長期インターンシップに参加している学生を対象とした1回限りの調査であった。そのため、「向上」、「伸び」、「能力は身につきやすい」といったことまでは判断できない。そもそも、「主体性」、「課題発見力」、「働きかけ力」、「情況把握力」について高い回答をするような性格の学生が、そうではない学生に比べて長期インターンシップに挑戦する傾向が高いという可能性を否定できないためである。前向きで成長欲求の強い若者ほど、講義・授業とサークルを繰り返すキャンパスライフに飽き足らず学外で中長期にわたって実施される魅力的な企画に参加するという印象はないだろうか。また、「能力自己評価」研究そのものへの懐疑、すなわち、それは自己評価にすぎないのだから意味がない、より客観的な「測定」が必要であるという主張に対しても反論する準備が必要になるだろう(これは私に対するブーメランである)。もし、引き続き同種の調査が継続されるのであれば、次の広告・宣伝に期待したい。