現代若者の幸福―不安感社会を生きる

現代若者の幸福―不安感社会を生きる

古市自身は、若者の幸福感についていくつかの仮説を挙げているが、特に重要なのは次の2つだ。1つは、将来の見通しが暗いからこそ現在を肯定的に評価するようになっているのだ、というもの。もう1つは、彼らが身近な人間関係に幸せの源泉を求めるようになった、というものだ。
青少年研究会のデータ(若者調査)、中年調査)を用いて、この点を簡単に確認してみると以下のようになる(図表0.3〜0.5)。
(略)
青少年研究会の調査結果からは、古市の仮説のうち第一のものは棄却され、第二のものが採択されることになる。より詳しくいえば、
(1)若年・中年ともに将来展望の明るさは生活満足度と正に関連(したがって古市の第一仮説は棄却される)
(2)若年・中年ともに将来展望のみならず現在の暮らし向きも生活満足度と正に関連(経済的要因の強さ)
(3)若年においてのみ友人関係は生活満足度と正に関連(古市第二仮説と合致、ただし減点方式)
(4)若年においてのみ家族関係は生活満足度と正に関連
比喩的にいえば、
 若者の生活満足度=経済的要因(将来+現在)+親密性(友人+家族)
ということであり、古市の仮説はこのうち「友人関係」に力点をおいたものとみることができる。


浅野智彦「序章 青少年研究会の調査と若者論の今日の課題」pp.14-17

編著者が実施してきた質問紙調査の結果によると、古市憲寿(2011)『絶望の国の幸福な若者たち』で示された仮説は、肯定されるものと否定されるものがあるとのことだ。将来に展望がないからこそ現在に満足するという「目から鱗」のような捻られた仮説―それは、たとえば大学の初年次ゼミで検討の対象となるような仮説である―は妥当ではなく、将来の見通しが明るいことも現在の暮らし向きも良いことも、友人関係、家族関係が良いことも現在の満足に正の関連があるという、いさかか常識的な結論が得られるようだ。
さて、古市(2011)についての学者によるブログ書評があったはずだと思い、読み返してみる。


http://d.hatena.ne.jp/morinaoto/20120307


長いわっ!昼休みの10分で読もうと思っていたのだが、到底無理であった。しかもブログを検索して出てきた巨大掲示板の匿名コメントも思わず読んでしまって余計に時間がかかってしまった。それはさておき、同ブログで指摘されている質問紙のキャリーオーバー効果について、青少年研究会の調査はどのように考えればよいだろうか。


http://jysg.jp/research.html


生活満足度に関する問いは Q44のa) であった*1。質問紙は、はじめに「音楽とのかかわり」を、続いて「携帯電話などのメディア」「人間関係」「自分に対する見方」を尋ねている。そのうえで、「生活や社会に対する意見」を尋ねていて、その中に Q44 が置かれている。私は最初の質問が音楽についてであり、しかも、細かく尋ねているので戸惑ってしまった。しかし、先のブログで述懐されているかつての社会調査で問われた「生活状況のリアリティ」を明るみにするために、現代ではまず先に音楽の指向を尋ねる必要があるのかとも思い勉強になったのである。

*1:質問紙全体は18ページでまとまっていて、やや多いかとも思うものの参考になる。

お忙しい方は文章を読む時間がないだろうし、かつて所属した工学部では教員であっても短い文章(メールであれば3行以内)しか読む習慣がないということをお聞きした。そこで、エグゼクティブ・サマリーとして書いておく。
数年前に携わった仕事の一つにGPAを卒業要件に課す制度の導入というものがあった。この制度は、


「教育の質保証とは卒業する学生の質を保証するという意味だ」という誤解


に基づいたものであった。そこで、私はそうした残念な誤解によって導入される制度の危うさを指摘しつつ、制度がもたらす悪影響をなるべく減らす仕組みづくりを行っていた。それは、


「教育の質保証とは端的に言えば、大学における教育活動を大学内部や大学外部から評価して向上させる仕組みである」


という理解に沿って進めた仕事である。FDやIRもこの考え方に応じたものであって、そこに「学生の質を保証する」などという厄介な目標が加えられることはない。
他方、仄聞する限りでは、GPAを卒業要件に課す制度は廃止されるようである。その理由は第1に、4学期制/1講義2ヶ月間制の導入によって、GPAがそのねらい通りに機能するために必要な履修撤回の時間がないことや、教務の手続きが間に合わないこと、第2に、学生が難しい講義を履修することを避けるようになった弊害をあらためる必要があることらしい。しかし、これらは導入前から想定されていたことにすぎず、実際には他に理由があるのではないかと考えている。また、わずか4年、在学中に教務に関する重要なルールが変更されることによって不利益を被ったのは誰か。それは、このエグゼクティブ・サマリーではないところで書く予定である。

先日、科研費基盤研究(C)が採択されたという通知を頂きました。タイトルは「高等教育新興プロフェッションの養成メカニズムに関する実証的研究」で、研究期間は平成28年度から平成31年度までの4年間を予定しております。
研究目的は次の通りです。

本研究の目的は、高等教育機関において必要とされている新たな複数の専門職(プロフェッション)に関して、(1) 実際の担い手は誰か(【a. 専門職の隣接分野への移動】)、(2) どのようなキャリアパスと待遇になっているか(【b. 専門職の市場】)、(3) 職務を遂行するための知識・技能はいかなるものか(【c. 専門職としてのトレーニング】)、 の3つの観点から横断的、実証的に明らかにすることである。研究対象である新たな専門職は教育、研究、社会貢献の各側面から求められているものの、現時点においてその養成は必ずしも制度化されているわけではない。そこで、本研究は新興専門職の制度化過程を明らかにするという点での学術的意義と、高等教育改革に関する喫緊の政策的インプリケーションを得るという実践的意義を兼ね備えている。


研究計画調書 研究目的(概要)より

この課題は私がこれまで継続してきた高等教育の政策過程研究に位置付けられるものでもあります。政策として新たな専門職が必要であると認められたとしても、その養成には本来であれば時間がかかるはずであるのに、高等教育の「現場」ではすぐにその専門職の配置が求められるという矛盾をどのように解決してきたのか、すなわち、政策の遂行段階における問題に着目するものです。
研究計画調書では、ファカルティー・デベロップメント担当者(FDer)、初年次教育・リメディアル(補習)教育担当者、留学・国際交流担当者、キャリア・アドバイザー、インスティトゥーショナル・リサーチ担当者(IRer)、産学官連携コーディネーター、リサーチ・アドミニストレーター(URA)の7種の新しい専門職に焦点を合わせるとしています。研究競争力強化、ユニバーサル化、国際化の観点から特に必要性が高い主張される専門職で、その多くは一部の研究分野においてはなぜだかアカデミック・キャリアの初職にもなっているものです。それが若手にとってよいことかどうか、皆さまのご意見はいかがでしょうか。ただ、科研費は満額交付されるわけでありませんので、実際の交付額をみてもう少し絞り込むべきかどうか再検討する所存です。
私以外の研究メンバーは研究分担者4名、研究協力者1名です。5名の方々はいずれも優れた研究者で、私などはもう教えて頂くことばかりになりそうです。いや、そうならないためにも、まずは先行研究レビューを地道に行います。


追記:「政策的インプリケーション」という言葉につきまして、私は普段の研究では使うことはありません。その理由は複数あるのですが、いずれ説明させてください。

2016年4月1日、茨城大学に着任いたしました。所属は地方創生推進室です。
主たる仕事はインターンシップの企画・立案・実施、地元企業等への就職支援です。県内企業、公的機関の皆さま、茨城大学茨城キリスト教大学茨城県立医療大学常磐大学茨城工業高等専門学校の4大学1高専の皆さま、よろしくお願いいたします。

社会調査の考え方 上

社会調査の考え方 上

大学満足度調査の問題点1―母集団の定義
日本の大手通信教育系出版社Xの参加にある某研究所は、1997年から2007年までの10年間に4度にわたって「大学満足度ランキング」に関する調査をアンケート形式でおこなっていた。ご多分に漏れず、このランキング調査も方法論という点でさまざまな問題を抱えているものであったが、特に、母集団の定義という点に関しては致命的とさえ言える問題があった。
上記の調査の結果については、それぞれの年度に、満足度だけでなく、学生の自己概念や大学への適応度等に関する分析結果なども含む調査報告書が公表されてきた。もっとも、報告書のタイトルは『学生満足度と大学教育の問題点』というものであり、また、報告書の巻末には、「総合満足度」をはじめとして上位30校あまりがリストアップされている。つまり、この調査では満足度のランキングが大きな「目玉」になっていたのである。実際、このランキングにおける順位は、総合満足度について「上位校」となった大学の広報資料に引用された他、「大学選び」に関する、他社の刊行物に掲載されたりもしていた。
2007年度におこなわれた最終回の満足度調査で対象となったのは、全国の4年制大学125校に在籍する1年から4年までの1万779人の大学生である。
この1万人以上という数字だけを見れば、かなり大規模で本格的な調査のようにも思える。もっとも、報告書の内容に目を通してみるとすぐに明らかになってくるのは、この調査の対象は「ゼミレポーター」と呼ばれる学生たちにほぼ限定されていた、という事実である。ゼミレポーターというのは、X社がおこなってきた通信教育の高校講座を受講した経験があり、なおかつそれぞれの大学に進学した後にその大学に関する情報を報告している学生たちのことである。
(略)
大学満足度調査の問題点2―サンプルサイズ
(略)
なお、報告書に明記されている調査概要についての解説によれば、調査の対象は「30名以上の回答者を集計できた大学」が125校である。また学部別の項目については、「10名以上」の回答者が得られた322学部が対象となっている。サンプルの適正サイズに関してはすぐ後で解説するが、常識的に考えても、ゼミレポーターという属性を持つ学生が対象になっているだけでなく、各大学や学部についてこの程度のサンプルサイズでは、満足度に関する測定誤差がかなり大きなものになることが容易に予想できる。したがってまた、そのような測定によるランキングの順位の信憑性はかなり疑わしいものになってしまう。
208-209頁

社会調査の教科書で「サンプリング」のおかしな事例として大学ランキングの一つが紹介されている。この満足度調査の回答者はそもそも学校的なことがらが好きである、第1志望の大学に進学した、(もし回答謝礼があったならば)回答にかかる時間と謝礼の金額を比較して後者に高い価値を認める、そうした偏りがあったといえるだろうか。また、学部につき10名という数は学生サークルによる自主的な授業評価、授業ランキングよりも少なく、見るに耐えるようなものではない。
一方で、大学、特に私立大学も学生募集という経営上の課題があるため、こうした極めて不適切なランキングであっても牽強付会に利用せざるを得ないこともある。大学進学のためにランキングを参考になさる場合には、おそらく現在の日本における商業出版物に掲載されるそれはあてにならないだろうとお考え頂きたい。学生を対象とした広報活動に影響される就職人気ランキング、大学を紹介する民間の「大学研究家」などと同じ問題があるだろう。すなわち、大学が大学ランキングそのものに広告費を払わずとも、別の名目で費用を払うことによって、結果としてそのことが大学ランキングを押し上げるのではないか(その大学が有利になるような項目が作られる、たとえ低いランクになったとしてもそれを打ち消すかのような記事が掲載される)という疑念を拭うことができない。もう少し踏み込めば、以前にもここで書いたように、民間企業を専門業者が格付する際の「依頼格付」と「勝手格付」の違いとまったく同じ問題さえ生じるかもしれない。広告費を出して頂けないのであれば、ランキングで不利になる可能性がありますよ、と。

注 第8章19)

また、この調査に関してもう1つ不可解なのは、満足度の順位づけに際して「対象大学内での偏差値」が用いられた、とされていることである(ベネッセ教育教育(ママ)開発センター2007: 168)。しかし、どのような形で大学内での各学生の偏差値が大学間の比較に使用できるかという点に関する十分な説明がなされていないため、その意図は必ずしも明らかではない。ない、同様の問題を含むと考えられる例としては、たとえば日経Career Magazine(2014: 6-19)参照。

注の説明もまた、大学ランキングへの不安を催させる。満足度の順位づけに「大学内での偏差値」を用いるというのはどのような意味か、指摘どおりに個々の学生の偏差値を何かの比較に用いるとはどのような意味か、わからないことが多い。高等教育の研究者は偏差値は「鵺」のようなものであってとても使い難いと感じるはずである。どのような手続きが行われたのか気になるのである。