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無果汁ゼリーってよく置いてあるよね

これは大学1年生の晩夏のできごとである。その年は記録的な猛暑で、一人暮らしの部屋の電気代を節約するべく、クーラーのあるアルバイト先にお給料も出ないのに居続けたり、児童書しかない市立図書館分館に入り浸ったりしていた。大学にはパソコンルーム以外、クーラーなんてなかったのだ。

そんなとき、高校時代に1年間だけ入っていたテニス部の友達E君から電話が来た。実は合唱を始める前はテニスをしていたことをここで打ち明けてみたけど、どうだみんな驚いたか。それはさておき、E君は久しぶりに話しがしたいという。彼はとても優秀で、周囲は京大法学部に行くだろうと噂していた。ところが、進学したのは多摩地区のとある中堅私立大学であった。そう、彼はある宗教の敬虔な信者であった。彼がいわゆる二世信者であることは高校時代から知っていた。日頃彼がその宗教の新聞や雑誌から学んでいたことを私に教えてくれていたためである。通学途中の地下鉄車内で、私がくーからくーかりと古文の文法丸暗記の練習をしている一方、彼はその宗教のリーダーが書いたとされる長編の本をいつも読んでいたし、一度だけニュータウンの高層住宅にある彼の家へ遊びに行ったときには機関紙や特徴ある仏壇を目にしていた。そういえば、この高層住宅の意味付けは時代や地域によって異なるものである。この文章での高層住宅とはどのような意味だろうか。

その宗教は1950年代、60年代に特に都市で信者を増やしたと言われている。農村では生活できるだけの職に就けない若者が都市に出て、学び、働く。地縁、血縁から切り離された生活において、それは頼もしい対象になるだろう。その新しいつながりの中で、仲間もできただろうし、恋人もできただろう。現世の生活を少しでもよいものにしてくれるというわずかばかりの信仰を持つ人びとは、私の研究分野でよく対象となるその少し後からやってくる、社会矛盾を根本から解決するという革命のために生きようとした大学生とは異なる日々を過ごしていた。そんな時代のことである。1970年代、80年代に入って生まれた二世がその信仰を継ぐのは自然の成り行きだっただろうか。なお、この数行について、史実に誤りがあれば都市社会学、宗教社会学のご専門の方からのご助言を頂ければ幸いである。

さて、E君とは土曜日の午前11時にJRのK駅で待ち合わせをすることになった。赤い三角屋根の建物で有名な駅である。とても小さな駅である。彼をすぐ見つけ、あらかじめ電話で約束していたとおり、焼肉食べ放題店Mに出向いた。「プロのための店」を標榜する小売店が経営している人気のレストランである。でも、「プロのための店」で厨房着のままのほんもののプロがお買い物しているのを見るとなぜか悲しくなってしまうことってないだろうか。いや、それもさておき、今でもよく覚えている。土曜日ランチが1,480円、時間制限なしである。時間制限がない、つまり、夜までいられる、つまりディナーまで食べられるのである。それを狙って、その店にいたのだ。なお、残念ながらMはもうない。今はフィットネスクラブになっているはずだ。食べ放題店からのフィットネスクラブへの転換って…。

ここで、結論を言おう。その日は午後10時までその店にいたのだけれども、E君とは二度と会わないことになった。私は高校時代の懐かしい話しや大学での日々のあれこれの話しをしたかったのだけれども、それは叶わなかった。彼がK駅までわざわざやってきたのは「しゃくぶく」のためであった。熱意を込めてただひたすらに、その宗教の素晴らしさを、とりわけ当時はまだ世界的に活躍していたリーダーの素晴らしさを訴える。そして、多摩地区で行われる次の大学生中心の勉強会に遊びに来てほしいと誘うのである。私は残念ながらまったくその宗教に興味はないし、さらに言えば、その宗教と関係の深い政党に対して疑問を持っていたため、話しは平行線をたどるばかりである。クーラーが効きすぎて肌寒くさえ感じる店の中で、焼肉食べ放題、宗教、政治、焼肉食べ放題、宗教、外交・防衛、焼肉食べ放題、宗教、政治、焼肉食べ放題、たまにカレー・サラダ・デザート(=無果汁ゼリー)食べ放題、宗教、政治、焼肉食べ放題、歴史認識コミュニズム、その繰り返しであった。

E君は譲らなかった。私を勉強会に誘うことが絶対の目的だったのだろう。今でもそうだが、大学生、特に名のある大学に通う大学生はターゲットになりやすい。妥協するところがまったくないのである。暗くなったMの店外で、宗教の話しならもう会わないと伝えた。私が強く強く怒っている一方で、彼は戸惑いながら寂しそうに微笑み、K駅の方へ去って行った。

E君とはずっと会っていない。噂ではその宗教の機関紙に就職したという。ただ、数年前、私はある機会に生まれてはじめてその宗教で行われる葬儀に列席して、ああ、そうだったのかと思ったのである。亡くなった方の親戚は遠方に住むお年寄りばかりのために来られなかったのだけれども、他方で近隣の信者50名ほどが集まって一斉に驚くほどの大声でお経を唱えるのである。南無妙法蓮華経。皆、お経の書かれた紙を手にしているとはいえ、ほぼ暗唱なのだ。そこに進行役はいるが、お坊さんはいない。平等にお経を唱える。あたかも合唱である。そうして、都市に孤独はない。

民衆こそ王者とはこういうことであったか。E君はどうしているだろうか。毎年春になると、各地の大学で見かける第三文明研究会、東洋思想研究会のフライヤーで思い出すのである。