本を生みだす力

本を生みだす力

読み終えるのに数ヶ月かかってしまった。約500ページの大著である。著者の関心の焦点とは重ならないかもしれないけれども、私が気になった点を少しだけ挙げてみる。
第1に、経営学の文献を読むときに感じることのある、新たな概念や枠組みが提起される際の戸惑いである。荒削りの段階にあるレンズであると前置きしたうえで「複合ポートフォリオ戦略」と言わずとも、これまでの「製品ポートフォリオ戦略」で構わないのではないか。「複合ポートフォリオ戦略」はとりわけ非経済資本の投資、回収、再投資をも射程に入れるところに新しさがあるわけだけれども、それを新たな言葉で言い直す必要性の有無について、もう少しわかりたいところであった。
第2に、とても勉強になった専門職論に関することである。

組織アイデンティティの多元性問題としてよく言及されるのは、規範的アイデンティティと功利的アイデンティティの二元性―すなわち〈文化〉性と〈商業〉性のディレンマ―だが、この他に、たとえば病院組織の研究で注目されるものとして専門職とビジネスの二元性というものがある。(略)そうした組織において、職人的な技能の自律的な開花を促進していくことと、諸々の課業の構造や過程を厳格に管理していくことの二つは、対極に位置しながら、いずれも大変重要な作業ということができよう。
こうして専門職性ないし職人性は、企業やビジネスや収益や管理といったものと対比されることとなる。が、そうした対比の一つひとつはそれなりのイメージを結んではいるものの、全体としては種々雑多なものを一緒に含みこんでいるということにも注意しておかなければならない。
369頁

これまで高等教育論で専門職を扱う際、商売の視点を欠いてきたはずである。専門職と商売は「対比」されるものではあるが、だからといって必ずしもすべての面において「対立」するというわけではない。医師、法曹、公認会計士が専門職性と商売をどのように組み合わせて自らの職業を理解しているか考えてみたいのである。
第3に、大学改革とNPMに関する論点である。

人文・社会科学の分野には、本来そのような区分地図としての性格を持つ論文ではなく、むしろ一貫した物語を包み込んだ書籍という形式でしか構築し、また伝えることのできない学術的な知というものがたしかに存在する。もし、ニュー・パブリック・マネジメント的な傾向がそのような知を切り捨てていく方向に進むのだとしたら、それは学術的知の生産と流通にとってきわめて大きな損失になるだろう。
466頁

私は区分地図ばかりを描いてきたのではあるものの、思い起こせばそれを可能にしたのは「一貫した物語」として構成されている、数は多くはないものの優れた先行研究が存在したからであった。こうした知が評価を得られなくなる未来は恐ろしい。