人事評価の総合科学―努力と能力と行動の評価

人事評価の総合科学―努力と能力と行動の評価

心理学の産業への応用は、その黎明期より、軍事を含む広義の産業場面に向けられてきた。たとえば、出身の異なる移民から優秀な兵士を選抜するために考案された言語による知能検査(陸軍アルファ式検査)と言語によらない知能検査(陸軍ベータ式検査)の開発や、B17爆撃機搭乗仕官のリーダシップ研究、敵国下で隠密裏に活動する諜報員の選抜のためのアセスメントセンター法開発など、軍事目的で実施されてきた産業心理学研究は少なくない。人事評価においても、同じように、軍事研究の影響が大きいのである。
(略)
戦後、人事評価法はアメリカにおいて目覚しい発展を見せた。たとえば、1960年代から、行動基準評定尺度法(Behaviorally Anchored Rating Scales; BARS: Smith & Kendall, 1963)、行動観察尺度法(Behavioral Observation Scales; BOS : Latham & Wexley, 1981)、混合基準尺度法(Mixed Standard Scales; MSS : Blanz & Ghiselli, 1972)などの絶対評価法や、序列法を含む相対評価法(Ghiselli & Brown, 1948)など、新たな技法が次々に生みだされてきたのである。
 これらの新しい評価法の登場により、アメリカ企業では、職務に関連した一連の行動を測定する包括的尺度、あるいは観察システムの構築が目指された。そして、それまで個人成果の中心を担ってきた生産量や欠損率、金額などの客観数値の記録や、職務知識や勤続年数r、人柄などの個人特性の評価から、行動の測定へと、人事評価のアプローチがはっきりと移っていったのである(Austin & Villanova, 1992)。
 一方、わが国においては、アメリカにおける人事評価法の戦後の発展について紹介する努力と関心は次第に薄れていき、戦前に導入された評価法を実践に移していくことで満足していった。たとえば、わが国でプロブスト法として知られているチェックリスト法(Probst, 1947)が、大池長人(1950)や安藤瑞夫(1953)らの研究者によって、戦後に紹介されているのだが、その導入と普及は進まなかった。
 その後にアメリカで次々と確立されていった評価技法については、専門知識の伝播がさらに遅れ、戦後のわが国における心理学軽視の風潮や応用心理学の低調な発展などが作用して、日本企業でほとんど導入・実施されていない。専門知識もごく限られた応用心理学の専門文献(たとえば大沢・芝・二村, 2000: 二村, 2005)を除いて、ほとんど紹介されていないのである。わが国の考課制度は、その結果、1930年代のアメリカにおける評価制度の特徴をそのまま長らく維持するものとなってしまった印象がある(遠藤, 1999)。
14-16頁

本書は日本の人事評価に関する「知識の改新」に即して、その1930年代からの「失われた80年」を取り戻すべく人事評価の歴史、概念、実証研究をまとめたものである。職能資格制度と連動した成績考課、能力考課、情意(態度)考課から「成果主義」への転換ブームを下支えしたのであろう米国の評価理論について勉強になった。
 現在私が研究を続けているSPI(Synthetic Personality Inventory)が日本企業の「人」を対象とする場面での心理学の応用という点で、いかに特殊であったかに思い至った。SPIほど積極的に米国の評価法(特に、パーソナリティ評価)から学んで実用化、企業に普及させた検査は他にないだろう。しかし同時に、実用的な心理検査を注意深く取り扱う必要性、それに対する批判的まなざしについて、1970年代には心理学「業界」や教育学「業界」内部において僅かばかり確認できるものの、以降私たちが鍛えることを怠ってしまったという印象を持っている。その心理学を応用したという評価法の妥当性、信頼性に問題はないだろうか。
東京学芸大学学校心理教室 岸学研究室「妥当性と信頼性」
http://www.u-gakugei.ac.jp/~kishilab/validity-reliability.htm


近年、私にとって気掛かりなことの一つは、大学生を対象としたいわゆる汎用的能力の測定に関するサービスである。心理学の応用が大学教育の「現場」にまで、ようやく(?)辿り着いたのだ。たとえば、こうしたものが挙げられるだろう。


ベネッセi-キャリア「大学生基礎力調査」
http://www.benesse-i-career.co.jp/index.html
KEIアドバンス(河合塾、リアセック)「PROG」
http://www.kawai-juku.ac.jp/prog/
Institution for a Global Society(朝日新聞社)「GROW」
https://about.grow-to-global.com/


本書のみならず企業の人事評価に関する文献では知的能力に関する因子研究について、あるいは、コンピテンシーの構成要素研究について言及されることが多い。そうした研究は一定の学術的手続きに則って、企業が実用できるものにまで高められてきた。一部の大企業の人事部門には心理学、教育学、統計学を学んだ従業員もいるだろう。一方、現在の大学生対象の心理測定サービスはどのような手続きをふまえたものになっているのだろうか。米国の人事評価とは異なって、心理学研究の積み重ねとの乖離が生じているのかもしれない。「○○力」「××力」「△△力」という因子は適切か、それの総和が人の「能力」と言ってよいのか、「ジアタマがよい」と言われるような一因子説は否定されたのか。そもそも、こうしたサービスを利用する大学(大学生ではなく大学)は理解できているのだろうか、やや不安なのである。結局は授業料の一部を支出しているわけなのだから、利用の際には一層の注意が必要であるはずだ。
ところで、「GROW」はまだ全貌がわからないのだけれども、どうやら多面評価法(360度評価)を導入するようである。この評価法についても企業では必ずしも問題がなかったはずなので、今後の実用について勉強してみたい。