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ザ・エレクトリカルパレーズ
知り合いから勧められたのでエレパレを見た。お笑い芸人などのタレントになるための実践的な学習を約1年間行う「養成所」において2011年に生じた出来事に関して、9年後の2020年にその複数の関係者を対象としてインタビューを行ったドキュメンタリーである。当時のことを振り返って語る対象者は、今では芸人、構成作家放送作家、役者などの仕事をしている。ドキュメンタリーとしての巧みな表現技法もあいまって、その出来事の全貌はなかなか明らかにならず、相互に矛盾することさえ語られる。あたかも黒澤明の映画「羅生門」のようであり、ネットで評判になったのは当然のことなのだろう。
強く関心を持ったのは、中卒または高卒で「養成所」に入ったエレパレのメンバーの一部が、それぞれ「養成所」を高校、大学のような場所と捉えたうえで、「高校や大学のことはあまり知らないけれども、エレパレって高校の部活、大学のサークルみたいなものでした」という趣旨のことを語っていたことである。この「養成所」は学校教育法で定められる、一般的には「専門学校」と呼ばれる高卒者の進路として人気の高い専門課程を有する専修学校ではない。同じく法で定められる各種学校でもない。しかしながら、「養成所」は学校と同一視できるものであって、だからこそYouTubeのコメント欄にも書かれているようにエレパレが「スクール・カースト」の「一軍」であったとみなされるのである。私がこのブログでエレパレに言及する理由は、この作品が「スクール・カースト」を描いていて、教育社会学の課題になっているためである。学校における困難の現象の一つとして学術的な研究対象となってきた「スクール・カースト」については、新書 教室内(スクール)カースト (光文社新書) で詳しく説明されていて、その内容はエレパレについての現象の多くを包含できるであろう。あるメンバーからは「エレパレは高校に進学していたら、大学に進学していたら経験していたかもしれない、今はまだ何者でもないけれども将来の目的を共有している生徒・学生同士の楽しい集まりであった」と述懐されると同時に、他のメンバーや、「二軍」「三軍」に位置づけられていた他者からは「実はエレパレのことが苦手であまり誘いに応じないようにしていた」、「お笑いって「トガッテイル」という価値観も大事なんだけど、あいつらはいつもつるんでいた」、「〇〇をわざわざ作ってメンバーであることを誇示していて、嫌な感じにさせられた(二宮注:ネタバレの程度が強い箇所なので伏字にした)」などと語られるのである。
中学や高校の「スクール・カースト」の「一軍」が持っている特徴については、研究が明らかにするように共通することはあるけれども、必ずしも一様ではない。エレパレについても同様で、「養成所」の講師陣からメンバー全員がお笑いで高い評価を受けているわけでもないということも興味深かった。極めて優れた技量を持っている芸人志望者は他にいるのであって、単純なメリトクラシーによって「一軍」が決定するわけではない。権威を持つ先生から特殊な知識や技術が伝達される限定的な場において、集団で行動して、いつも目立つようにしていることじたいが「一軍」を「一軍」として成立させる理由なのかもしれない。また、やはりネタバレになるのでこれ以上言及しないものの、このドキュメンタリーの後半でキーパーソンとして扱われるメンバーのようでメンバーではない人物が年長者で、芸能に関連する経験を持っていたことも「一軍」の特徴に影響しているのであろう。さらに研究が明らかにするように、卒業・進学はカーストの安定性を強く揺さぶることになる。このドキュメンタリーもまたこの揺さぶりに着目している。「養成所」を卒業して舞台に立つようになると、かつての「一軍」は一転して先輩からの厳しい「イジリ」の対象になったり、「二軍」「三軍」から明らかな嫌悪を示されたりするようになる。お笑いのドキュメンタリーとしては、この「イジリ(イジラレ)」という「身近な他者に対するからかい」こそが焦点である。お笑いファンや芸人当事者にとっては、この突然の反転した「イジリ(イジラレ)」を面白く感じるだろう。他方、「イジリ(イジラレ)」に対して集団によるいじめを読み取ったり、こうした関係性を苦手としたりする場合には、このドキュメンタリーは辛く感じてしまう。
私は中学、高校のことにまったく詳しくないのでいい加減な結論であるものの、既述のように「権威を持つ先生から特殊な知識や技術が伝達される限定的な場」のような閉塞した状況が、ヘンテコな関係性を生み出すのかもしれない。多様な人びとが入れ替わる開放的な場、職場のような教育や訓練へ組織の目的が特化していない場であればどうだろうか。このドキュメンタリーを大学の講義で鑑賞したうえで、学生の意見を聞いてみたいものの、2時間超の大作なので難しいか。