「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」

 私(二宮)じしんが大学生の頃も体育会系は就職に有利であると言われていた。しかし、私の周囲にはだからといって、就職のために体育会系の部活動に入る学生はいなかったような記憶もある。というのも、体育会系の部活動はまず拘束時間がとても長いからである。たとえば、平日の週1日だけが休みであって、その日に限って講義へ出席できるなどという部活動もあった。なぜ週1日だけの出席を4年間繰り返して卒業できたのか、それは【禁則事項】(=この大人の事情については、当時のことを知っているお近くの大学教職員へお尋ねください)だったからである。アルバイト、法曹・公認会計士・官僚を目指すためのダブルスクール、国内旅行・海外旅行、他大学のさまざまな(ヘンテコな生き方をしている)学生との楽しい交友などは諦めなければならない。次に上下関係が極めて厳しいという理由もある。「4年生が天皇、3年生が社長、2年生が平民、そして、1年生は奴隷」などという冗談が流通していたものの、単なる諧謔というわけでもない。体育会系の知人と道を歩いていて、4年生にばったり出くわすようなことがあれば、その1年生や2年生の知人は道の端に走り去って直立、大声で挨拶をして頭を下げていた。4年生は「うむ、よろしい」とでも言いたそうな涼しい顔つきである。私はそれを見てオロオロするばかりであった。また、飲み会では1年生、2年生は上級生によってからかいの対象にされてしまうこともある。現代の価値観では考えられないような、異常なことも行われいた。たとえば、それは【禁則事項】(=この大人の事情については、略)といったものである。
 しかし、それはかつてのことである。本書で紹介される2013年、2014年の就職活動者を対象にしたデータの分析結果の一つは次のようなものである。

体育会系の優良企業への就職率は、性別、大学の威信ランク別、スポーツ別に異なる様相を呈した。体育会系では女性よりも男性で、威信が低い大学よりは高い大学で、そして伝統的チームスポーツで、優良企業への就職率は高くなった。67頁

教育社会学の多くの業績が優良大学と優良企業の対応関係をとらえる際にその学力の差を軸に説明をおこなってきたのに対し、体育会系に限れば、T1企業(二宮注、東証一部上場企業のこと)からの内定獲得率は前述の大学グループ間でほとんど変わらないことになる。体育会系内に限れば、内定獲得に対する「大学威信」の影響力が相対的に低くなり、スポーツ種別の影響力が相対的に高まるとも考えられる。63頁

 スポーツの種類ごとに内定獲得率は異なっているらしく、そのことは私の実感にも沿うものである。関心のある方はぜひ本書を手に取って確認してほしい。とても長い拘束時間、高校よりも企業よりも厳しい上下関係へ耐えたことが何かしらの「シグナル」になったということなのか、はたして実際はどうだったのか。
 ところで、この場合の「優良企業」とは東証一部上場企業のことを指している。これは実態として東証一部上場企業が「優良企業」であるというわけではなくて、研究者が調査を実施、データを分析しやすくするために、そのような想定を置いたという意味である。それ以外の企業が「優良企業」のこともあるし、東証一部上場企業のすべてが「優良企業」であるわけでもないだろう。ともあれ、筆者も認識していると思われるように、現代の大学の「現場」における関心の一つは、たとえ就職活動の際に「大学威信」の影響力が相対的に弱いのだとしても、選抜性の高くない大学における体育会系の、とりわけスポーツ推薦によって入学した学生に対する支援である。この論点は本書の射程外であるとはいえ、就職活動だけではなく学習や生活、メンタルについてのサポートという点で今後ますます重要な検討課題になるはずである(体育会系をそれぞれの事情によって途中で辞めた学生に対する支援については、以前から「現場」で努力が積み重ねられてきたように)。
 私が関心を持った章の一つが「第4章 体育会系就職の最盛期」であった。ここでは、大手広告・情報通信業R社のアメリカンフットボールのチームに在籍したいた複数の方に対するインタビューが紹介されている。R社は1960年代から大学新卒就職を対象にしたビジネスを行って急成長したものの、紹介されるように自社の採用活動には苦しんでいた時代があった。なお、私が聞き及ぶ限りでは、創業後しばらくの従業員は高卒者が多く(中には中卒者も)「10代、20代の高卒の若者が、大卒採用のための広告を大手有名企業へ飛び込みで取りに行く」ことの営業戦略が巧みであって、ある時期まではそうした叩き上げのセールス経験者が管理職として活躍していたらしい。自社でも大卒者の採用を増やす際の、一つの梃子なったのがアメフトであるというのが本書のストーリーである。経営学のケース・メソッド教材としても秀逸であるのかもしれない。

 $$さんが口にした「企業イメージの向上」と「社員の交流促進によるモラルの向上」は、一九八〇年代から九〇年代末期にかけての日本企業が社内スポーツクラブをもつ理由としては、ごく一般的なものでメジある。(略)メジャースポーツはレッドオーシャン、マイナースポーツはブルーオーシャンなのだ。「程よくマイナースポーツ」($$さん)だったアメフトは、メジャースポーツと比較して早い時期に低いコストで木手を達成できるフィールドとして適していたと言える。
 また、アメフトが威信ランクの高い大学で多く実施されたマイナースポーツだったことは、R社の採用基準を満たす人材の出現率を高めた。$$さんの表現を借りると、具体的には「〔アメフト〕未経験で大学に勉強して入って、新しいスポーツに出会って、勧誘も自分たちでめちゃくちゃ頑張ってやって、チーム作り、チームの練習プラン作ったり、それこそド素人のフットボールを知らない学生にフットボールを教えたり、それこそフットボールの面白さを伝えたり、みたいなことをしながら戦力に育てた経験がある学生である。(略)大学でもスポーツ推薦や指導体制が未整備な状況で、“地頭”ד根っこ”〔内発性+考動力〕+素直さを併せ持つ人材が育つ土壌、「仕事力」($$さん)や「人間力みたいなもの」($$さん)が培われる環境があったものと推察される。179-80頁

 「考動力」という言葉はおそらくR社特有の「確動性」の言い換え表現であり、いずれにしても一般には知られていないかもしれない。これらのいわゆるコンピテンシー概念については学術的にはなお詳細な検討を必要とするものの、ビジネスの世界、特に新卒採用のときの評価基準において通用してきたことの意味がR社の成長と合わせて考察されているとも理解できるのである。体育会系が就職に有利であったという場合に、どうして有利な扱いを行ってきたのか、当事者による意味付けが丁寧に描かれているのである。
 ただし、このR社はあまりにも特殊な業種で、どのケイレツにも属さない創業社長によるガレージ・カンパニーであり、長期雇用や年功賃金といった日本の大企業の慣行から少し外れているために、欲張りな読者としては他の大企業のスポーツチームがどうであったのかを知りたくなってしまった。有名企業が持っている実業団としてのスポーツ、たとえば、野球、バレーボール、陸上競技や、警察や自衛隊におけるアスリートなどについての検討を読みたくなったのであった。

追記
 結局のところ、仮に一部の体育会系の部活動経験者が就職活動において有利なのだとして、その理由は(1)本人たちが自らの努力を通じて仕事に必要な力量を身につけたから、(2)「本人たちが自らの努力を通じて仕事に必要な力量を身につけた」かどうかは実際にはわからないのだけれども、新卒採用担当者がそのように解釈しているから、(3)本人たちの努力とは関係なく、そもそも有利になるような先輩後輩関係のネットワークが形成されているから、(4)本人たちの努力とは関係なく、大学でスポーツを行う学生は大学入学以前に家庭内で伝達された組織での適切な振る舞い方を身につけていたりやメタ認知の習慣を持っていたりするから、以上のように私なりに仮説をまとめてみた。以上の仮説はどのように関係しあっているのだろうか。