大学改革における「小道具」

 大学改革の「小道具」と呼ばれるものがある。この言葉は「大道具」と対比の意味で使われたり、溜飲を下げるために揶揄の意味を込めて持ち出されたりすることがある。たとえば、次のようなものである。


 「教育改革には大道具と小道具がある。答申でいえば、小道具は、アクティブ・ラーニング、ナンバリング、課程外学修時間などで、これらは具体的で極めて分かりやすい。他方、こうした小道具を束ねる大道具は、なかなか分かりにくい。筆者への新聞社からの取材に際しても、大道具についてかなり詳しく説明してもなかなか理解が得られなかったように思う」
出所
www.shidaikyo.or.jp
 「ですから、今となっては、文部省への「献上」用に作られたという桐箱入りのシラバスが実在していたかどうかという点については確かめようもありません。もっとも現在の私には、この桐箱ないし帙入りのシラバスにまつわる逸話は、とりたてて意外なことだとは思えません。というのも、この30年ほどのあいだに大学改革の一環というふれこみで日本の大学の世界に導入されてきたさまざまな「改革小道具」の中には、桐箱入りのシラバスと同じくらい、場合によってはそれ以上に奇妙奇天烈なものが少なくないからです」
出所
book.asahi.com


 これらの「小道具」のほとんどは、大学の教員や事務職員の学生時代には存在しなかったものである。たとえば、全15回の講義の概要を数行で示した講義要綱はあってもシラバスはなかった(そのうえ、教員の都合によって数回程度は休講になり補講が行われることもなかった)。学生自治会はあっても授業評価アンケートはなかった。保健管理センターはあっても学生相談室による支援プログラムはなかった。そのため、「小道具」の存在意義や利用方法についての理解が進まないことがあるという状況が続いている。一部の論者からは、そうした「小道具」はそもそも不要であったり、必要であるのだとしても大学改革が手本とした国の「輸入元」本来のあり方に修正するべきだと指摘されたりすることがある。
 「小道具」に関する論点の一つは、すべての大学に対して導入が求められることである。筆者が 反「大学改革」論:若手からの問題提起 で示したとおり、ときにそれは補助金の交付条件として紐づけられていることがある。たとえば、「この補助金の交付条件は、次のことがらすべてを満たしていることである。(a)「小道具」Aの導入、(b)「小道具」Bの80%以上の稼働、(c)「小道具」Cの整備」といったものである。様々な事情によって補助金の申請じたいを見送ることは難しく、結果として「小道具」が取り入れられるようになっていく。筆者は「小道具」については補助金問題とは別に、「すべての大学」に求められることに関して問題があるとみなしている。
 大学教育を研究対象としている学者、とりわけ国際的な視点を持っている学者が外国における「小道具」の取り組みを研究することがある。そのうえで、その学者が所属する大学などで試行的に「小道具」を利用して、学会発表や論文などでその有用性を示すことになる。そうした研究から得られる知見は重要であり、今もなお「小道具」研究は進められている。しかし、たいていの場合、「小道具」研究は特定の大学、学部・学科、学年、プログラムの事例を対象としたものである。そのため、確かにその限定的なケースにおいては「小道具」の有用性が確認できる一方で、その有用性を支える諸条件についての理解が進んでいないことがある。ST比(SP比?)が良いからこそ、職業人養成を目的とするコースだからこそ、都市大規模私学だからこそ、勉強好きな学生が集まっているからこそ、留学経験のある教員や事務職員が多いからこそ、人生に悩む学生が多いからこそ…、その「小道具」が活用できるのかかもしれない。しかしながら、諸条件について留保することがないままに有用性が示されたということが根拠になって、政策文章の中にその「小道具」の導入推進が書き込まれることになる。そうした文章が書かれるための審議会などに、その研究を進めた学者が委員として関わっていることもある。すなわち、「A大学のBプログラムで『小道具Z』によって学生が成長している」という知見から「すべての大学で『小道具Z』導入するべきだ」という主張が導かれてしまっていることがある。そのプロセスの間に存在するべきことが省略されているのだ。さらに、付随する問題として、この「小道具Z」がその当初の意図を確認しない状態で教材業者さん、ICT業者さんなどによって形式的に作成されることも挙げられる。A大学のBプログラム以外の大学で、業者さんによって提供された「小道具Z」を目の前にして、教員、事務職員、そして、学生が戸惑うことになる。
 筆者はだからといって「小道具」が不要であるとは主張しない。ありきたりな結論ではあるものの、その大学、学部・学科、学年、プログラムの特性を考慮しながら「小道具」の利用方法を検討しよう。既述の「そのプロセスの間に存在するべきこと」を、実践の場で考察するのである。


(さて、筆者は特定の複数の「小道具」を事例として以上を書いてみた。その「小道具」とはなんだろうか?)