YG性格検査と学力・知能

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先日、部屋の片づけをしていたところ興味深いものが出てきた。私じしんが中学校1年生、中学校3年生、高校3年生の3時点で受けた矢田部ギルフォード性格検査の結果原本である。判定は順に、D型、D型、C型であった。大学1年生でも受けた思い出があるが―わざわざ実家宛てに検査用紙が送られてきた―、それは見当たらなかった。
判定されたタイプについての現時点での当事者による評価はともかく、ほんとうに知りたいのはこの検査の学術的利用についてである。当時の記憶では「学力・知能」(どちらの言葉が使われていたかまでは覚えていない)との関係を調べるということであった。私がSPIなどの検査を対象とした研究を継続していることから(科学研究費助成事業若手研究(B)、研究期間::2013年4月 - 2016年3月、「戦後日本の「人事アセスメント」の開発・利用に関する知識社会学的研究」の継続)、検査とその利用についての実態が気になっているのである。「学力・知能」の扱い方も知っておきたい。そこで、この3時点の性格検査を対象とした論文を探している。ある国立大学の教員養成系の紀要にあるはずだという見込みがあるものの、見つけることができない。勤務先の図書館地下書庫に篭っても発見できない。この検査を「現場」で実施した養護教諭は学校保健関連のローカルな研究会などでよく発表なさっていたようなので、そこを探すしかないのかもしれない。とはいえ、性格と学力・知能の関係がわかると何が嬉しいのかについては、私はあまり理解できない。結果原本に添えられた手紙には「こころの健康」、「成長を客観的に見つめる」といった研究の趣旨とは違うであろう言葉が書かれていたり、また、この養護教諭がD型がキライだと話していたことを覚えていることもあったり―安定・外向のD型は肯定的に捉えることが多いかもしれないが(イケイケ営業パーソン?)、私はそんな「いい子ちゃんはキライだ」と―、なんだか心にひっかかっている案件なのである。
なお、この検査原本をじっと見ているといろいろなことがわかる。たとえば、計算が楽にできるようにカーボン紙に工夫がされている一方で、結局は手を使って計算しているのだった。