塾講・サイバラ・大学祭

学部生の頃、多摩地区の進学塾で「時間講師」のアルバイトをしていた。池袋に本社のある、W中高に強いWという塾である。時給はかなり高く、授業時間外勤務分は無給であり、かつ、それが授業時間よりも長いという実態であったことを差し引いても―現在よく問題にされている慣行である―、なお学部生にとってはありがたい仕事であった。夏期講習だけで学費半年分以上を手にするほどであった。
さて、仕事を始めてから半年ほど経過した頃、新たに「時間講師」Kさんが採用された。僕よりも年上の女性で、これまでも他の進学塾で経験があるということだった。担当科目が同じであったために仲良くなって話しを伺うと、早稲田の一文の4年生であるという。Kさんは事情があって就職活動はしない一方で単位は取り終えているため、しばらくはアルバイトで生活をするとのことだった。かなりたくさんのコマ数を入れて、塾内でも高給を貰う立場になっていたはずだ。
そんなある日、通っていた大学の学園祭に西原理恵子スペシャルゲストとして来ることになった。学園祭は2種類あって、それはとても冴えない方のお祭りだった。前期課程の1、2年生が通う私鉄沿線のキャンパス―正式名称は分校―で行われるもので、そのお祭りに集まるのはその大学の1年生―男子学生が8割ほど、学部によっては9割5分以上―と近所の小学生だけとイベントである。最近では日本一美味しくない学食が存在したという話題がネットで繰り返されることで有名になったのでご存知の方もいるかもしれない。数年後には取り壊しされることがほぼ決まっていたため行われる補修は最低限で、雨漏り、床の落下、壁の剥がれ、机の故障などが酷かった。近所には女子大があったものの、そこの学生はもう1つの方のオサレなキャンパスで開かれるイケメソ上級生が集う学園祭に行くだけなのだ。
塾での勤務時に、そんなことを冗談交じりにKさんに話してみた。今でいうワンチャンとかではなく世間話しとしてである。すると、Kさんは思いの外、西原理恵子に飛びついた。以前からファンであるので、是非行きたいというのである。ただ、そのものがなしいキャンパスのことはまったく知らず、場所も行き方もわからないという。まさかのワンチャンなのかと思ったものの、Kさんは一人でなんとか行ってみると強く主張する。実のところ、西原理恵子にもKさんにもそれほど思い入れがあるわけではなかったので、そのときこの話題はすぐに終わりになった。後日、Kさんに学園祭当日のことを尋ねてみたところ、西原理恵子にサインまで貰って楽しかったとのことであった。早稲田の学園祭にも西原理恵子を呼べばいいのにと言っていた。





さて、もう何年も経ったので言っていいだろう。この学園祭の約1年後、ある嘘に気づかされることになった。同じ「時間講師」のIさんから「ニノミヤくん、ずっとウソつかれてたよ。もうおかしくって、今日は黙っていられない」と笑いながら打ち明けられるのである。そのIさんは日吉の塾高出身、慶應法学部3年生で、僕がその塾でお世話になったひとの一人である。卒業後は大手広告代理店に就職することになるほど優秀で、しかも親切だった。東京における男子の所作を懇切丁寧に教えてくれて、僕は必死で学んだのだ―ほとんど身に付かなかったけれども。ともあれ、残業をしていて終電を逃した深夜の暇つぶしに広辞苑を使って「たほいや」を遊んでいたときに知らされた事実であった。今でももっと早く教えてくれればよかったのに、と思う。
何がウソだったのか。Kさんは実は同じ大学に通っていたのである。そして、そのKさんはその後漫画家としてデビューすることになり、テレビのワイドーショーでも活躍するようになった。メディアでお見かけする度に、このことを思い出す。