この話題は以前にも取り上げたことがあるかもしれない。しかし、少なくとも私にとっては重要なことなので、再びまとめてみたい。
大学生の就職活動に関連するお仕事をなさる方が「ミスマッチ」という言葉を使うことがある。「最近、特に若者においてミスマッチが増えてきているようだ」「ミスマッチを防がなければならない」というようにである。mismatch とは「不適当な組み合わせ(のもの)、不釣り合いな縁組み」(出所:WEBLIO英和辞典)の意味であるが、この文脈ではやや異なる意味で用いられる。たとえば、「企業が求める労働者の属性と、失業者の属性が異なるため、労働力需給の質的不適合が起こることをいう。この場合、未充足求人と失業者が併存することになる。年齢間、地域間、職種間、産業間でミスマッチが見られる」(出所:コトバンク
という意味であろう。大学生の就職活動で言えば、職種間、産業間、さらには企業間について指摘されているということになる。そのうえで、さしあたり、私は2つのことが理解できていない。
第1に、では、「マッチ」しているとはどのような状況だろうか。仮に、離転職にまで至らないという外形的な基準で判断できるといえるだろうか。しかし、離転職が少ない理由は個人と仕事が「マッチ」しているからというよりも、企業規模が大きいことや過重労働を強いられない業種であることが理由であると説明されてきたはずである。3年離職率中卒7割、高卒5割、大卒3割という長らく安定して推移してきた数値(二宮 2010)も、就職先の企業規模や業種が卒業学校によって異なることが理由であろう。あるいはまた、仮に個人の内面を理解できれば「マッチ」している状況を特定できるということなのだろうか。とはいえ、この理解が可能であったとしても、個人はそれほど簡単には仕事のすべてに「マッチ」しないような印象を持っている。日々の仕事の中でも「マッチ」する部分と「ミスマッチ」の部分があるし(たとえば、外回りの営業は得意だけれども、帰社後の営業事務が苦手である)、給与・賞与、休日取得、職場の人間関係、職場の環境・衛生(たとえば、タバコが苦手である)などそれぞれに「マッチ」「ミスマッチ」がある。そして、個人は何らかの「ミスマッチ」があればすぐに離転職するというわけではなく、それぞれの「ミスマッチ」にどうにか折り合いをつけて仕事を進めるのではないだろうか。あなたは、今の仕事に対して折り合いなど考えることはまったくなく、ほんとうに「マッチ」しているといえますか。
第2に、「ミスマッチを防ぐために、大学生はしなければならないことがたくさんある」という主張に妥当性はあるだろうか。私がよく聞くのは次のような理屈である。

就職後の「ミスマッチ」を起こさないようにしよう→そのために就職活動をがんばろう→そのために企業研究・業界研究をしっかりしよう/他大学の大学生と友だちになろう/多くの社会人と話す機会を作ろう/たくさんのアルバイト、特に居酒屋などの接客バイトをしよう/インターンシップに行こう/就職情報サイトに登録しよう

そもそも「マッチ」する状況がわからないというのは既に述べたとおりである。そして、大学生の就職活動に関連するお仕事をなさる方は社会人の転職活動にも関わることがあるかもしれないから、つまり、大学生向け就職活動サイトの運営企業は転職者向けのサービスも提供しているから、ほんとうは「ミスマッチ」がたくさん生じて離転職者が増加する方が嬉しいはずである。今は6月、夏の賞与の時期である。転職者向けサービスの広告をよくみかける時期だ。いや、そんな想像はともかくも、理屈として挙げられたことがらが「ミスマッチ」を防ぐことにつながるのだろうか。


http://www.jil.go.jp/institute/research/2007/036.html
JILPT調査シリーズ No.36「若年者の離職理由と職場定着に関する調査」


JILPTの調査結果は、仕事の責任が重過ぎる、仕事量が多すぎる、ストレスが過大である、労働時間が長すぎる、休暇が取りづらい、人を育てる雰囲気がないなどが離職理由として挙げられる割合が高いことを示している。これらのことは、多くの社会人と話す機会、たくさんのアルバイトなどによってほんとうにわかるのだろうか(もちろん、それぞれのことがらに意味がないというわけではなく、「ミスマッチ」を防ぐという目的以外の意味があるのだろう)。また、企業研究・業界研究を〈適切に〉行えば、ある程度はわかることである。けれども、そのことはいわゆる「ブラック企業」を避けるために行うのであって、「ミスマッチ」を防ぐためではないだろう。誰しもそんな「ブラック企業」は嫌なはずだ。
こうしてみると、離転職の多さは個人が自ら解消するべきという想定を置く「ミスマッチ」によるものではなく、働く環境の悪さに由来しているようにみえる。すなわち、職場が組織的に取り組むべきことが等閑視されたまま、立場の弱い求職者、特に大学生にその責務が転嫁されているようにみえるのである。
さて、実はこれまでの話しは来週の就職ガイダンスの宣伝である。企業研究・業界研究を〈適切に〉行う方法について考えたい。「ミスマッチ」「マッチ」についての考察は、前回の就職ガイダンスでシーナ・アイエンガー『選択の科学』という別のアプローチによってもできるかもしれないとお伝えしたところである。複数のクイズを出題したものの、いつものように答えを出さないままにしてあるよね。「ミスマッチ」は事前に避けられるのか、避けるべきと主張されることの背景・前提・根拠は何か、「ミスマッチ」は現代の大学生だけに関係するテーマなのか、避けられないとしたらできることは何か、まだまだ問いは多く残されていて面白い!次のガイダンスをお楽しみに。


二宮祐、2010、「労働市場と進路問題―学卒者の生きる過酷な現実」『図説教育の論点』旬報社