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PDCAサイクルについては、これまでブログで述べてきたとおりである。


http://d.hatena.ne.jp/sakuranomori/20150121
http://d.hatena.ne.jp/sakuranomori/20110815
http://d.hatena.ne.jp/sakuranomori/20081106


製造工程において、その品質管理に統計的手法を用いる際の概念である。本来は決して経営管理一般に適用するためのものではなかった。その誤用の経緯についてはかつて紹介した大学評価学会(2011)で試論的に示されている。また、ある時期の企業におけるQCサークル(Circle)においてPDCAサイクル(cycle)の必要性が主張されたことから、そして、当該サークルの活動内容が経営管理一般へと展開したことや、サークルとサイクルが似ているために混同されたことも相俟って、ますますその誤用が一般的になってしまったともいえるだろう。

大学は社会の希望か―大学改革の実態からその先を読む

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しかし実際には大学関係者のなかには大学評価に直接従事する担当者も含めて、PDCAを一面的にしか理解していない者が少なくない。またほとんどの大学では四つの段階のどれもが試行錯誤の状態にあり、サイクルの仕組み自体が定着していないようにも思われる(山田、2013年、54-56頁)。たとえばPDCAのメリットの一つは、目的を明確にして品質特性(管理項目)を決め、それらの変動を左右する諸条件の要因分析を行うことにより、改善効果の大きな要因や問題を特定して、目的の達成にとって望ましい改善を実現することにあるとすれば、すべての自己点検・評価項目にPDCAを機械的に適用するのは無意味なことである。
またPDCAサイクルの期間は半期単位、一年単位、数年単位などのように、自己点検・評価項目の内容によってかなり異なること、PDCAの四段階を実質的に遂行する学内の責任主体や組織、その権限や具体的な手続きなどが、自己点検・評価項目の内容によって大きく違うことなどに留意することも求められる。
139頁

この説明は2つの点で高く評価できる。1つは、PDCAサイクルの対象を限定的に捉えていることである。研究や教育にまでPDCAサイクルを「回せ」などとは主張していない。あくまでも自己点検・評価のためにその概念を使うべきだということである。もう1つは、期間に着目していることである。「PDCAを高速でグルグル回せ」という俗語もあるようだけれども、そのためにP(計画)としてDCAを半日、1日、1週間単位で挙げるのは不可能だし、あえて作成しても形骸化するだけであろう。せめて半期、一年、数年単位で検討することになるし、それぞれの期間で達成できるDCAも大括りのものになるはずだ。「高速回転」などの言葉で言い表せるようなものではない*1。たとえば、授業時間外学習を増やすという項目が設定される場合、自己点検・評価としては一年、数年単位で検討することになるだろうし、その項目が直接的に毎日の教育改善に対してA(行動)を求めるというのは性急で無理なことでしかないだろう(この場合は「いまここ」の授業そのものではなく、時間をかけたカリキュラムの整備が必要になるはずだ)。自己点検・評価と日々の研究や教育実践を混同してはならない。
しかし同時に、納得できない点も残っている。PDCAサイクルは統計的品質管理が伴ってこそ意味のある概念である。統計的に扱うことができない対象であれば、わざわざPDCAサイクルという概念を持ち出す必要はない。大学の自己点検・評価に製造工程の管理で用いられるような平均値を安定させたりバラツキを抑えたりするための統計学が必須なのであろうか。あるいは、日頃から「PDCAを高速でグルグル回している」という方は、研究の遂行や教育活動の改善において統計学をどのように利用しているのだろうか。とりわけ教育活動においては「省察」ではなくC(評価)やA(修正)という概念を持ち出さなければならない必然性はどこにあるのだろうか。さらに言えば、どうして20世紀の終わりにほんの少し流行したPDSではなく、PDCAでなければならないのか。
こうした問いを高等教育関係者に対して、特に何らかの危機意識の強い関係者に対して問い続けてきたのだけれども、答えを頂戴したことはまったくない。苦笑いされてしまうだけなのである。

*1:そうは言いながら、私は年間約5,500回転、1日約15回転高速でPDCAサイクル、特にマネジメントサイクルをぐるぐるぐるぐると休みなく高速で回していることはここだけの秘密である。