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あけました。



さて、ときおり、プレゼンテーション・ソフトウェア―マイクロソフト社のパワーポイントが代表的だろうか、以下パワーポイントと表記する―を使っていると「良い授業」、使わずにハンドアウトだけを配布すると「悪い授業」、そのうえ、ハンドアウトにキーワードや図表しか書かれていないと「酷い授業」であるとの評判を聞くことがある。パワーポイントが効果的かどうか、ハンドアウトが丁寧かどうかという項目を学生が回答する授業アンケートの項目に含める大学もあるだろう。
私が長い間気になっている「授業改善」のテーマのひとつが授業におけるパワーポイントの利用についてである。たとえば、1コマ90分前後、ひたすら教室前方の画面に提示される情報(知識?)を追いかけることの是非がわからないのである。


http://ci.nii.ac.jp/naid/110006487221
丹羽民和・丹羽和子、2007、「パワーポイント授業の功罪―血液形態学講義におけるFD実践」『岐阜医療科学大学紀要』1


こうしたテーマでは医歯薬系の実践が参考になる。この論文はスライドやOHPを使用する「コンベンショナル型」授業、アニメーション効果を用いるパワーポイントによる「パワーポイント型」授業、その両者を用いる「ハイブリッド型」授業という3つの授業を実施して、その結果を比較している。
まず、学生満足度については「パワーポイント型」授業は相対的に低かったということであった。この理由として、情報量が多くなるにもかかわらず授業の展開が速くなってしまうこと、その豊富な情報を整理するための時間が必要となるために聞き逃しが増えてしまうこと、 配布されるパワーポイントのハンドアウトに安心してしまって受講時の理解の水準を下げてしまうこと、教室が暗いために眠くなってしまうことが挙げられている。そして、授業の成績評価や臨床検査技師国家試験血液領域得点については、「パワーポイント型」授業は相対的に成績上位者と成績下位者を固定化する傾向があるようだ。成績下位者がパワーポイントのハンドアウトをもとに復習するのは難しいとのことである。
これらの結果は経験的にはよくわかることである。蛍光灯を消された教室で、流れていく膨大な情報に接しつつ、自らがすでに知っている知識を参照しながら(そして、場合によっては昼食後の眠い時間帯に、あるいは、SNSで遊びながら)、教員の発話や自らの気付き・疑問などをノートに書き留めていくことは困難だろう。さらに、丁寧なハンドアウトを入手することができれば勉強した気になってしまうのは容易である。ほんとうにパワーポイントを利用すること、丁寧なハンドアウトが準備されていることが「良い授業」であると評価できるのだろうか。
もちろん、だからといって特に医歯薬系、理工系ではパワーポイントを使ってはいけないということではない。視覚的に理解することが必要なこともあるだろう。一方、文系でパワーポイントが知識伝達のために必要であるという機会はどれほどあるのか。たとえば、ウィキペディアはプレゼンテーションを次のように説明する。

プレゼンテーションの際は、実際に形のないモノを、簡潔かつ判り易く説明する事、そして情報を的確に伝える、資料(視聴覚、配布資料等)の準備、情報を適量平易に提供することが求められる。このため、図表や音声・映像のほか、実際に触れる試作品など、様々な情報提供が成されるのが一般的である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AC%E3%82%BC%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3

大学の授業で「簡潔かつ判り易く説明」してよいか。難しいことを判り易く伝えることが必要な場合もあるだろうけれども、そればかりでは、そのことによって抜け落ちてしまう知識を伝えきれない。難しいことを「冗長に判り難く説明」しなければならないこともあるはずだ。