日本経済新聞2013年6月15日朝刊の1面記事(東京、14版)「大学は変われるか―多様性の先は」のなかに、一橋大学に関して読み手の誤解を誘うような文章が掲載されている。以下、私なりにもう少しだけ正確になるように修正を試みる。

「気弱な男子学生も外見に気配りゼロの女子学生もみんな就職させてきました。大丈夫、お子さんも内定が得られます」
一橋大がこの春、新入生の保護者対象向けに開いた説明会。他大学から移ってきた就職支援専門の教員が力強く言い切った。

就職支援専門の教員の発言内容は前任校等のことを指している。一橋大学の「気弱な男子学生」や「外見に気配りゼロの女子学生」を「就職させた」わけではない。また、そもそも一橋大学の説明会において、こうした偏見の強くかかった発言が行われたというのはにわかには信じられない。さらに、一橋大学の就職に何らかの重大な問題があるからこそ「就職支援専門」の教員が登用されたと読むことができるかもしれないものの、それはまったくの誤りである。前任者が退職したことによる通常の後任人事によるものである(より厳密に言うと異なる部分もあるのだけれども、今回の論点とは関係ないことである)。

ある母親(52)は「息子はやりたいことがはっきりせず就職が心配だった。安心した」と笑顔をみせる。

安心頂いたようで何よりである。ただし、やりたいことがはっきりしている学生はむしろ少数派である。それほど心配するようなことではない。

大学側が助けなくても大企業の内定を得る学生が多く「就職貴族」とまで呼ばれた一橋大が就職活動の支援に力を入れ始めた。職業観を養う授業を新設。複数の内定を得た学生には辞退の方法まで教える。

大学全体として就職活動の支援に「力を入れ始めた」ということはない。もちろん、教員が新規に開講する就職活動の支援を目的とした授業はあるものの、それ以上にかつてから数多くのキャリア関連科目を開講している。職業観を養う授業についても、これまで複数のものを開講してきた。「力を入れ始めた」のではなく「力を入れ続けている」のである。まったくそうした支援をしてこなかったと誤って読まれかねない文章であった。

自主性を尊重し学生を放任してきた名門大で、学習方法や大学生活を教える動きが広がる。成績が悪いと家族に手紙を送るなど親も巻き込んだ手厚い対応にOBも驚く。山内進一橋大学長は「新卒に求められる力の水準は上がり親も子供も心配する。大学も社会の変化に合わせる必要がある」と話す。
「グローバル社会をたくましく生き抜ける人材に」「世界で活躍を」。各大学の学長は入学式などでそろって「タフになれ」と呼び掛ける。だが、学生への対応は正反対にみえる。

こうした「きめのこまかい」取り組みは多くの大学に広がりつつあるだろう。ただ、そうした取り組みと「グローバル人材」の養成が矛盾するという論旨は不適切である。しっかりとした学習方法を身につけることなく徒手空拳で世界に放り出されてしまう「人材」の危うさを等閑視している。あたかもOGが存在しないかのような文章や、結論部分にある「待ったなしの変革を迫られる大学」*1という文章を書いてしまわないように、学習方法を身につけなければならない。




取材には気をつけよう、という教訓を得た。この記事は、聞き取りの方法や文章の書き方をテーマとする授業で利用することにしたい。

*1:正確には、「本紙は大学に対して待ったなしの変革を迫っている」と書くべきである。