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先日、学生と一緒に「コミューン」の舞台を散策してきた。
これには理由があった。多くの学生がほぼ毎日のように私の研究室を訪ねてくる。私にとってはほんとうに幸せなことである。たいていは世間話をするだけで、稀に(?)勉強の話もすることがある。そのなかで学生から研究室の書籍を貸してほしいという申し出があったり、私の方からこれを読んでみればと提案して(押し売りのように)貸し出したりすることがある。ほとんどの場合、対象となる書籍はおもしろい若者論や社会学関連のテキストである。ところが、先月、ある学生から「コミューン」本を借りたいというリクエストがあった。これを所望されるのは初めての経験であった。理由を尋ねてみると、どうやら自身の小学校の経験と通じるところがあるらしい。思い出したくない辛くて苦い学校体験というのは時代も地域も越えて存在するのである。その後、感想を聞いてみると、やはり自身の経験と重ね合わせて読んだとのことであった。そして、ぜひ現地を訪問してみたい、と。本学からは近い場所である。私もまた自分の「ルーツ」を辿ることの方途の一つであるうえに、そもそも学部生、院生時代に近所でアルバイトを続けていたという浅くはない縁もある。そこで、ある秋の暖かい午後、舞台を散策することになったのである。
事情があって、現地からは遠いバス停でバスを降りる。そこから歩くこと約20分、入口の交差点に辿りつく。5階建ての低層住宅が立ち並んでいる。住宅は築年数の古さは否めないものの、しっかりと塗装されている。住宅と住宅の間の芝生は十分に手入れされていて、住宅の外壁の白さ、芝生の緑のコントラストがとても美しい。この色彩の感覚は私の記憶を呼び起こした。かつての私の住まいであった公団住宅は高層であったものの、その雰囲気はとてもよく似ている。同行した学生のことを忘れてしばらく空想に耽る。ノスタルジーにほかならないが、こうした住宅の美しさ―住宅の中に入れば、そこに機能美が加えられるだろう―というのは確かにあったのだ。ゆっくりと歩く。周りを取り囲むように存在する小売店は概ね繁盛しているようにみえた。みたらし団子、助六寿司、焼きそばが美味しそうである。乾物屋さん、酒屋さんを見るのも楽しい。銀行の支店、郵便局も大きい。理髪店は閉まっていたものの(ポールはぐるぐる回っていた)、中華料理屋さんは健在であった。数人の帰宅途中の小学生―ランドセルには非常時のための警報機が付いている―とすれ違う一方、遠くから住宅内にある公園を見ても小学生の姿はまったくない。はっきりとは見えなかったものの、そもそも公園の遊具のなかには、もう利用される機会が少ないためだろうか、安全のために金具を打ち付けて動かないように固定されているようなものもあった。ゆっくりと歩くご高齢の方とすれ違うことが多い。駅に向かうバス停もまたご高齢の方が並んでいる。時間帯のせいもあるためか、とても穏やかな夕方である。住みやすそうな街である。
小学校の前に着く。広い校庭である。学生は校庭を狭いと感じた印象のようであった。育った地域による違いだろう。昔、この校庭にもプレハブ校舎があったのだろう。夏は暑く、冬は寒い、隣の教室の物音が伝わり易い、私はプレハブ校舎に良い思い出はない。校庭には下校途中の小学生がちらほらといるだけである一方、学童保育の建物の中には多くの小学生がいるようであった。
近くの公園で休憩を取る。先日の名古屋出張で購入した海老煎餅を食べながら、今回の散策とはあまり関係のない学生の勉強内容について暫く議論する。ここには書くことができないものの、とても重要な社会学のテーマである。私はあいかわらずたいしたアドバイスをすることができないものの、今後の進展を楽しみに感じる次第であった。中学生の女の子が数名、制服姿のままブランコで遊んでいる。小学生の男の子数名は携帯ゲーム機で遊んでいる。私が子どもの頃を過ごした関東、関西の同様の住宅内の公園を思い出す。狭い公園の中で、複数の草野球の試合が展開していたな、と。プラスティック(関西弁ではプラッチック?)のバットとボールが必需品であった。後年、団塊ジュニアなどと表現されることになる世代である。幾分寒くなってきたのでまた歩き始める。URの住宅の中には、後付けでエレベーターを設置しているところもあった。横方向に通路がない住宅なので、1棟に複数のエレベーターが備え付けられている。横方向に通路をつける方が安上がりなのではないか、と素人の私は思ってしまう。もちろん、そんなことはないのだろう。
駅に向かう。たっぷり30分以上歩く。途中の街道沿いのサイゼリヤで休憩を取る。再び勉強内容のことや、今回の散策の自分にとっての意味などについてあれこれと話しをする。ゆっくりとした時間、これこそ大学において必要なものである。
以上、とりとめもなく散策の記録を書いた。学生からは承諾を得ている。機会があれば、私の経験をしっかりと相対化したうえで、教育史としてこのテーマについて考えてみたい。なお、写真は分譲された住宅を賃貸に出した旨の広告である。家主はどこに住んでいるのだろうか。