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先日の一橋の教務課、学生支援課(学支課)の話題に関与してしまったので(どういう関与をしたのかは講義でお話しました)、若干の後ろめたさを持っています。そこで、あらためてこの問題が繰り返される理由を書いておきます。
おそらく、多くの大学において学生の皆さんが教務課のような学生の対応を行う組織から受ける「サービス」について不満があるのだと思います。この状況、とても不思議だとは思いませんか。大学はわざわざ「意欲」のない人を選抜して教務課に所属させているのでしょうか。もし、特定の大学の組織だけ「サービス」が悪いのであれば、そうした奇妙な選抜を行っているともいえるでしょう。しかし、多くの大学で同様の状況が生じているのですから、この問題をカウンターに立っている個人の責任に還元するのは難しいです。

行政サービスのディレンマ―ストリート・レベルの官僚制

行政サービスのディレンマ―ストリート・レベルの官僚制

政治学、公共政策論の Michael Lipsky という学者が提起した Street-level bureaucracy という概念が大学における学生サービスを検討するうえで参考になります。「ストリート・レベルの官僚」とは、「仕事を通して市民と直接相互作用し、職務の遂行について実質上裁量を任されている行政サービスの従事者」(p.17)を意味します。また、「ストリート・レベルの官僚制」とは、「このストリート・レベルの官僚をその必要な労働力に応じて相当数雇っている行政サービスのための組織」(pp.17-18)を指します。Lipsky は街中の警官、ソーシャル・ワーカーなどをその例に挙げています。この定義からは、大学の職員/職員集団もまたこの概念に含まれると思います。Lipsky の議論を援用すると、次のような理解が得られるかもしれません。

  1. 大学においては、教務や支援に関する窓口「サービス」を学生に対して提供する職員が必要である。
  2. 学生は手続き、相談、交渉、クレームなど多様な「サービス」を窓口に求める。
  3. 多様な「サービス」を機械的に処理することはできない。定型的な業務を担う銀行や病院の窓口とは大きく異なるのである。その場に応じて個別の判断が必要である。そのために、職員には多くの権限、裁量を与えざるを得ない。このことは職員によって対応が異なる原因にもなる。
  4. しかし、窓口は慢性的な資源不足である。そもそも、押し寄せる学生が求める「サービス」は無限でありえる一方、それを提供する資源は有限である。また、職員は窓口業務のみを担当しているわけではない。
  5. 4.のために、職員はそれぞれ統一した基準のないままに「サービス」を定型化したり、対象者を制限したりせざるを得ない。言葉遣いが必ずしも丁寧にならなかったり、ルールどおりに整えられていない書類を受け付なかったりしてしまうことがある。
  6. 窓口「サービス」は労働集約的なので、全体の費用に占める人件費が高い。
  7. 学生は5.や6.に対して不満を持つ。「授業料を払っているのだから仕事しろ!」と(ほんとうは、親が授業料を払っていたり、その2倍以上の国費が投入されていたりするのだけれども)。
  8. 7.の不満を聞いて、財務当局や大学執行部は職員に対する管理圧力を強める。場合によっては、さらに資源を削減する。*1
  9. 4.の矛盾は激化する。4.から9.までの繰り返し*2

1.から9.まで、もう少し上手な説明が可能だったでしょうか。問題の原因を安易に個人の資質や能力に求めるのではなく、構造、システム、組織などと称されるものに着目してみることが、社会科学を学ぶうえで重要なのだと思います。
以上、「では、どうすればよいのか」という問いに対しては答えていません。教務課や学生支援課の窓口を民間企業のコールセンターや銀行のカウンターのように主たる業務を形式的な手続きだけに限定する、そして、相談、交渉、クレームを持ちかけようとすると録音テープが回り始めるというプレッシャー(「クレーマー」であるとラベルを貼る)が生じたりコワモテの担当者が登場したりするようにしてしまえば、ある程度「サービス」は良くなるかもしれません。非定型業務の削減、排除はどのような組織でも重要な課題ではあるのですが、教務課がそれをしてもよいでしょうか…、どこか難点もありそうです。

*1:大阪市役所で職員の給与が下げられるような事態もこの8番に該当する。職員の「意欲」はますます失われて、4.の矛盾は拡大再生産…。

*2:学内で服装に関する規定が設けられるどこかの事例も、このエンドレス・ループに関連しているのかもしれない―いちいち個別に対応するのが面倒なので、制度化してしまう。私は講義の際、たいていはスーツを着用している。どこかの服装規定について聞いた先月、憤りと実験の意味から、行列のできる弁護士のような格好―黒ジャージ+赤パンツ―で講義をしてみた。履修者の皆さんには不快感を覚えるかどうかを尋ねてみたが、まったくそうした反応はなかった。