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今日の桜。



東生協で、賞味期限間近の「一橋大学まんじゅう」が¥500で見切り販売されていた。卒業式がなかったため、売れ残ってしまったとのことだった。


それはともかく、「地頭」(「じあたま」である―「じとう」ではない)について知人と議論してきた。10年ほど前は単なる業界用語にすぎず、求職者を恣意的に差別、選別するのに使われていたという印象を持っている。あくまでも隠語であって、大勢の前で使うのは憚られていた。「地頭」という言葉をひけらかしたりすると、コンサル(特に、コンピテンシー概念を咀嚼できない日系コンサル)にかぶれた恥ずかしい人と思われるような感覚であった。
現在、どうも「地頭」はそうした文脈から離れて用いられているようである。私の会社員時代には、どちらかというと生得的な能力であったり、あるいは、高校までの学力(それを示すと思われる大学入学偏差値)に近い概念であったりしたように覚えている。しかし、今では大学で伸ばすことができる能力のようにも使われている。「地頭」言説の変遷、少し考えてみようか。