たまには、楽しい話しもしてみたい。
私が大学1年生だった頃、どうしても第2外国語(今で言う初修外国語)のドイツ語を勉強する気にはなれませんでした。当時、第2外国語は2年生まで必修で、とても気が重い勉強でした。そもそも語学や海外の文化にあまり関心を持つことができない理由は、今となっては育ちの影響であると言えるのですが、その頃は級友がかろやかにドイツ語に取り組んでいる姿を見て不思議でなりませんでした。下記リンク先の麻布中学の入試問題は現代のものですが、こんな問題を解答できるような級友、つまり、幼少期から海外に行く機会があって家族からしげしげとパスポートの意味を教えられるような級友に比肩するのは困難なのです。


http://plaza.rakuten.co.jp/roadto2011/diary/201002260000/


ともあれ、苦肉の策として考えたのが、2年生の終わりにドイツをビンボー旅行することです。そう決めてから、特にドイツ人の先生の授業が楽しくなりました。ビンボー旅行で必要とされるであろう言葉ばかりを追っていました。今に至ってもドイツ語の文法はいい加減なのですが、会話は英語よりもはるかに楽しく思えます(ヨーロッパ各国のビールの話しばかりをしていたクラスドイツ語の先生、文法を修得することができず、すみませんでした)。

ニッポンの海外旅行 若者と観光メディアの50年史 (ちくま新書)

ニッポンの海外旅行 若者と観光メディアの50年史 (ちくま新書)

そんな懐かしい思いに浸ることがあるのですが、この本には軽い衝撃を受けました。ビンボー旅行は「貧乏」旅行ではないと漠然と理解していました。著者は、そうした理解が極めて時代制約的であったことを明らかにしています。確かに、初心者イコール「地球の歩き方」を持ってのビンボー旅行、上級者イコール現地における交渉を通じた極限まで費用を切り詰めた旅行とその果てしない自慢、その両者が旅先における交流によって「日本人」性を意識するといった感覚がありました。大学生協で買ったバックパックが上級者になるにつれてボロボロになっていって、そのボロボロさによって旅先での言わば「日本人旅行者ステータス」が決まるような雰囲気でした。今では、もはやバックパックという言葉さえ、通用しないかもしれません。また、初心者でさえも、パッケージツアーに参加している中高年層が「地球の歩き方」を持っているのを見てせせら笑っていたのですが、今から思えばわかりやすい差異化のゲームでした。私は上級者にはなれなかったのですが、移民の集まる地域の集合住宅の一室を間借りできるくらいにはなりました*1
数年前、海外のLCCを初めて使ってみたのですが、学生時代にこれがあれば、という思いをしました。座席の窮屈さには閉口しましたが、余裕のある日程を組んだ旅行であれば使い勝手があるのでしょう。こんなことを考えてしまうのは、いまだにビンボー旅行の枠組みから抜け出せていないからなのでしょうか。

*1:より「上」を目指して精進すれば、「外こもり」の聖地のどこかの牢名主になれたかもしれません。